瀬川和正
From Wikipedia, the free encyclopedia
小学校の頃は水泳、中学・高校時代はサッカーをしていた。大学でヨット部に入りヨット競技を始めた。大学時代は目立った結果を残せなかったものの卒業後の1年間は五輪出場を目指して、和歌山県内のマリーナを拠点に練習を重ねた[2]。
2018年にはジャカルタ・アジア大会に出場。16艇中4位となり惜しくも表彰台を逃した[3]。
鳥取県境港を拠点にレーザー級で2020年東京オリンピック出場を目指していたが、2020年の2月に代表を逃がした[4]。
瀬川は出場を諦め切れず、まだ代表が決まっていなかったフィン級に転向。レーザー級と同じ1人乗りながら世界でも重量級が競うパワー種目であるフィン級で戦うため、1年で体重を15キロ以上増やしパワーをつけた[5][1]。
2021年5月に葉山で行われた国内選考会では12レースを全て1位でフィニッシュする圧倒的な成績を収め、東京オリンピックセーリング競技(男子フィン級)の日本代表に内定した[6][5][1]。同年7-8月に江の島で行われた東京オリンピックでは、期間中最後のレースで5着となったが、総合順位は16位となり最終のメダルレースには進めなかった[7]。
脚注
- 1 2 3 “15キロ増量で地獄から天国へ セーリング瀬川和正フィン級悲願の代表内定”. 日刊スポーツ. (2021年5月14日). https://www.nikkansports.com/olympic/tokyo2020/sailing/news/202105140000795.html 2021年5月30日閲覧。
- ↑ “とりどり 瀬川和正さん”. 朝日新聞デジタル. (2018年12月3日). http://www.asahi.com/area/tottori/articles/MTW20181203320680001.html 2021年5月30日閲覧。
- ↑ “【アジア大会】49er級、470級男女、ラジアル級の4種目で金メダル!”. バルクヘッドマガジン. (2018年9月1日). https://bulkhead.jp/2018/09/61909/ 2021年5月30日閲覧。
- ↑ “南里研二がオリンピック代表に。レーザースタンダード世界選手権最終日”. バルクヘッドマガジン. (2020年2月16日). https://bulkhead.jp/2020/02/70944/ 2021年5月30日閲覧。
- 1 2 “瀬川和正が五輪切符!1日5食に増やし体重増「パフォーマンスを上げるのが大変だった」【セーリング】”. 中日スポーツ. (2021年5月14日). https://www.chunichi.co.jp/article/253730 2021年5月30日閲覧。
- ↑ “風に恵まれ全12レース完了。フィン級東京五輪代表選考最終日”. バルクヘッドマガジン. (2021年5月14日). https://bulkhead.jp/2021/05/82824/ 2021年5月30日閲覧。
- ↑ “瀬川和正、最後に最高の5着「今できることは精いっぱいやった」/セーリング”. サンケイスポーツ. https://www.sanspo.com/article/20210801-KA6IV6426BLR5IMFYQCTQMIPPY/?outputType=theme_tokyo2020 2021年8月1日閲覧。
この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。 |