照洋丸
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| 照洋丸 (3代) | |
|---|---|
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漁業取締船に転用後の本船 | |
| 基本情報 | |
| 船種 | 船漁業調査船、漁業取締船 |
| 船籍 |
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| 所有者 | 水産庁 |
| 運用者 | 水産庁 |
| 建造所 | 日本鋼管鶴見工場 |
| 航行区域 | 遠洋(国際航海) |
| 船級 | NK(第三種漁船) |
| 信号符字 | JLOJ |
| IMO番号 | 9149782 |
| MMSI番号 | 431465000 |
| 経歴 | |
| 発注 | 1996年1月 |
| 起工 | 1996年3月 |
| 進水 | 1997年6月 |
| 竣工 | 1998年5月12日 |
| 就航 | 1998年6月20日 |
| 現況 | 就航中 |
| 要目 | |
| 総トン数 |
2,112 トン(国内)[1] 2,581 トン(国際)[1] |
| 全長 | 87.60 m[1] |
| 垂線間長 | 76.00 m |
| 型幅 | 14.00 m[1] |
| 型深さ | 7.25 m |
| 満載喫水 | 5.30 m |
| 機関方式 | ディーゼル |
| 主機関 | 2基、推進電動機 1基[1] |
| 推進器 | 4翼ハイスキュー可変ピッチプロペラ 1軸 |
| 出力 | 6,000 PS |
| 最大速力 | 18.75 ノット |
| 航海速力 | 16ノット |
| 搭載人員 | 49名(士官・部員37名、調査員など12名)[1] |
照洋丸(しょうようまる)は水産庁が管理する漁業取締船。現役(1998年就航)の3代目は、就航当初は漁業調査船であったが、2014年に漁業取締船に転用された[1]。
| 照洋丸(初代) | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 船種 | 漁業調査取締船 |
| 船籍 |
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| 所有者 | 水産庁 |
| 運用者 | 水産庁 |
| 建造所 | 金指造船所 |
| 経歴 | |
| 竣工 | 1956年6月 |
| 要目 | |
| 総トン数 | 602.95 トン |
| 長さ | 51.00 m |
| 幅 | 8.50 m |
| 深さ | 4.30 m |
| 機関方式 | ディーゼル |
| 最大速力 | 13.3 ノット |
| 航海速力 | 11.9 ノット |
| 搭載人員 | 41(最大48) |
| 出典[2][3] | |
マグロ延縄漁業の調査取締のため建造された大型調査船で、当初は取締業務にも従事したが、その後は調査だけに使用された。抵抗の少ない船形が採用され、熱帯を含む長期航海に備えて、水産庁船舶としては初めて本格的な空調装置が整備された。やや復元性に問題があったともいわれる。例年9月頃から約半年にわたり、全世界のマグロ漁場において、延縄による漁業調査、生態環境調査、産卵稚仔魚調査、海洋観測に従事した[4]。
1958年11月から翌1959年4月にかけての航海では、マグロ漁場調査に加えて西ヨーロッパおよび中近東におけるマグロを中心とした水産物の販路の調査を行うことになり、地中海・北海沿岸のヨーロッパの主要各港を歴訪した。このとき船医として搭乗した作家で精神科医の北杜夫が、『どくとるマンボウ航海記』を執筆したことでも知られる[5]。
照洋丸(2代)
| 照洋丸(2代) | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 船種 | 漁業調査船 |
| 船籍 |
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| 所有者 | 水産庁 |
| 運用者 | 水産庁 |
| 建造所 | 山西造船鉄工所(推進機関のみ新潟鐵工所) |
| 経歴 | |
| 起工 | 1971年11月19日 |
| 進水 | 1972年1月27日 |
| 竣工 | 1972年3月21日 |
| 要目 | |
| 総トン数 | 1,377.84 トン |
| 長さ | 65.00 m |
| 全長 | 72.00 m |
| 幅 | 11.00 m |
| 深さ | 5.60 m |
| 喫水 | 5.00 m |
| 機関方式 | ディーゼル |
| 最大速力 | 17.10 ノット |
| 航海速力 | 14.0 ノット |
| 搭載人員 | 36(最大49) |
| 出典[6][3] | |
1,377.84 トン[3]。1972年3月21日竣工[6]。全世界のカツオ・マグロなどの浮魚類の資源調査および海洋観測を目的にして建造され、初代の倍以上の大型船となり、調査航海能力や居住環境が飛躍的に向上した。短期間だがサケ・マス流網漁業の取締に従事したこともある[7]。温熱帯域の水産生物資源及び海洋環境の調査・研究をした。