熊野城 From Wikipedia, the free encyclopedia 別名 要害山城郭構造 連郭式山城天守構造 なし築城主 熊野久忠logo熊野城(島根県) 熊野城遠景別名 要害山城郭構造 連郭式山城天守構造 なし築城主 熊野久忠築城年 15世紀主な城主 熊野氏、天野隆重廃城年 慶長5年(1600年)か遺構 郭指定文化財 未指定位置 北緯35度21分25.87秒 東経133度3分46.63秒 / 北緯35.3571861度 東経133.0629528度 / 35.3571861; 133.0629528地図 熊野城 テンプレートを表示 熊野城(くまのじょう)は、島根県松江市八雲町にあった日本の城。 熊野城は、熊野氏によって築かれた山城。尼子氏時代には、月山富田城防衛の要として重要視され、尼子十旗の一つに数えられた。 構造 熊野城は、独立性の高い要害山に主郭を置き、山麓に延びる三方の尾根上に郭が連続する。特に東の緩斜面上には細長い郭が雛壇状に連なり、東麓の土居成と呼ばれる屋敷地に続く。 熊野城には天正年間に天野隆重が入ったと伝わるが、城跡は土塁を用いない尼子氏流築城術の特徴を良く残している。 沿革 15世紀、熊野久忠 (くまのひさただ)により築城された。 永禄6年(1563年)9月、毛利元就に攻められたが、熊野氏は良く守りこれを退けた(熊野鉄砲揃の戦い)。 永禄9年(1566年)11月、富田城が開城したため、熊野城も開城した。 永禄12年(1569年)、尼子勝久の挙兵に応じた熊野久忠が奪還し、尼子方の拠点となった。 元亀元年(1570年)、布部山の戦いで尼子方が大敗を喫すると、諸城と共に熊野城も開城した。 天正年間(1573年~1593年)、富田城から天野隆重が移り、居を構えた。 関連項目 尼子十旗 日本の城一覧 Related Articles