片岡我童 (13代目)
日本の歌舞伎役者
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略歴
- 明治43年(1910年)7月6日、十二代目片岡仁左衛門の長男として大阪に生まれる。
- 大正6年(1917年)11月、本名の片岡一(はじめ)の名で中座で初舞台。
- 大正13年(1924年)片岡ひとしと改名。
- 昭和9年(1934年)6月、歌舞伎座で五代目片岡芦燕を襲名。
- 昭和11年(1936年)4月、松竹を脱退し東宝劇団に加入。
- 昭和14年(1939年)10月、松竹に復帰する。
- 昭和21年(1946年)3月、父、十二代目片岡仁左衛門が下男に殺される(片岡仁左衛門一家殺害事件)。
- 昭和30年(1955年)『神霊矢口渡』のお舟で十三代目片岡我童を襲名する(本来なら五代目になるが、父・十二代目仁左衛門の後継ぎという意味から十三代目を名乗った)。真女形として活躍。
- 昭和33年(1958年)には、はとこにあたる十三代目片岡仁左衛門らとともに「七人の会」を立ち上げて、不振の極みにあった関西歌舞伎の復興に努めた。
- 平成4年(1992年)京都南座顔見世での『河庄』のお庄が最後の舞台となった。
- 平成5年(1993年)12月31日、正月の飾りの花を買っての帰途、路上で花束を抱えたまま急死する。83歳だった。