旧紀伊新宮藩主・水野忠幹の六男として生まれる[1][4]。先代、子爵・片桐貞健の死去に伴い家督を継承し、1892年(明治25年)8月16日、子爵を襲爵した[5][6]。同年9月5日、貞央と改名した[3][4]。
1911年(明治44年)9月、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業[2][5]。狩猟調査会委員、農林審議会委員、矢作水力役員、大阪タクシー自動車役員などを務めた[2][5]。
1914年(大正3年)2月28日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[7][8]、研究会に所属して活動し[2]、1939年(昭和14年)7月9日まで4期在任した[2][5]。