織田信及
大和柳本藩の第13代藩主
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略歴
第11代藩主・織田信陽の十男。通称は元丸、修理。初名は長依。生年は天保14年(1843年)とも、天保15年10月8日(1844年)[2]ともされる。慶応4年4月12日(1868年)、新政府側の優位な情勢を見極めた上で、兄の12代藩主信成の名代として上洛。同年閏4月19日、信成の養子となる。5月6日、信成の隠居により家督を相続。5月14日、従五位下大和守を叙任。6月25日、新政府から帰藩を許可される。10月12日、崇神天皇陵、景行天皇陵の修復許可を願う。
明治2年6月24日(1869年)、版籍奉還により柳本藩知事に任じられ、明治4年7月14日(1871年)、廃藩置県で免官、同年12月2日(1870年1月)、片桐貞信の娘謙子と結婚した。新暦1876年(明治9年)、宮中侍候となる。1884年(明治17年)7月8日、子爵に列する。
