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牛窓町

日本の岡山県邑久郡にあった町 From Wikipedia, the free encyclopedia

牛窓町(うしまどちょう)は、かつて岡山県の南東部、邑久郡に存在した町である。2004年11月1日、同郡の邑久町・長船町と合併して瀬戸内市となり、町役場は瀬戸内市役所牛窓支所となっている。

廃止日 2004年11月1日
廃止理由 新設合併
牛窓町、長船町、邑久町 → 瀬戸内市
現在の自治体 瀬戸内市
国 日本の旗 日本
概要 うしまどちょう 牛窓町, 廃止日 ...
うしまどちょう
牛窓町
牛窓ヨットハーバー
牛窓町章
廃止日 2004年11月1日
廃止理由 新設合併
牛窓町、長船町、邑久町 → 瀬戸内市
現在の自治体 瀬戸内市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 中国地方(山陽地方)
都道府県 岡山県
郡 邑久郡
市町村コード 33361-1
面積 27.50 km2
総人口 7,545人
(2003年)
隣接自治体 岡山市、邑久町
他のシンボル 牛窓オリーブ園
牛窓町役場
所在地 〒701-4392
岡山県邑久郡牛窓町牛窓4911
旧牛窓町役場庁舎位置

旧・牛窓町役場
旧・牛窓町役場
外部リンク 牛窓町(Internet Archive)
座標 北緯34度37分14秒 東経134度08分48秒
旧・牛窓町位置図
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牛窓港

概要

西は岡山市、北は邑久町、東と南は瀬戸内海に面している。特に観光業に力をいれており、「日本のエーゲ海」と称している。県有数のマッシュルームの生産地であり、香川県の小豆島とならび、日本二大オリーブ産地の一つでもある。

町名の由来

神功皇后が三韓征伐の道中、この地で塵輪鬼(じんりんき=頭が八つの大牛怪物)に襲われたが弓で射殺。皇后が新羅からの帰途、成仏出来なかった塵輪鬼が牛鬼になって再度来襲、住吉明神が牛鬼の角をつかんで投げ倒した。この場所を牛転(うしまろび)といい、訛って牛窓になったという。牛窓界隈には、伝説にまつわる浮かぶ島や神社等がある。

牛窓には、前島・黄島・黒島・青島などの島々が瀬戸内海に浮かんでいる。定かではないが、この牛鬼が滅びた後にこれらの島々に化けたとの言い伝え(伝説)がある。頭は黄島、胴体の前は前島、胴体の後ろは青島、お尻の部分は黒島に化けたと地元では伝えられている。

行政

歴代町長

  • 萬燈実太(昭和29年10月 - 昭和32年11月)
  • 高祖鶴雄(昭和32年12月 - 昭和40年12月)
  • 高原道夫(昭和40年12月 - 昭和52年12月) 
  • 新地 勇(昭和52年12月 - 平成元年12月)
  • 田中義之(平成元年12月 - 平成9年12月)
  • 東原和郎(平成9年12月 - 平成16年10月) → 合併により瀬戸内市副市長へ

歴史

古くから海上交通での風待港として栄え、江戸時代には朝鮮通信使の寄港地でもあった。明治以降は交通流路から外れたことにより衰退した。

警察

産業

主な産業は、農業、漁業、観光業。特にマッシュルーム、オリーブ、カキの生産が盛んである。

スポーツ

2004年の高校総体、市制施行後の2005年に行われた晴れの国おかやま国体では、セーリング競技の開催地となった。

姉妹都市

教育

町内に大学、高等学校はない。

小学校
  • 牛窓町立牛窓東小学校
  • 牛窓町立牛窓西小学校
  • 牛窓町立牛窓北小学校
中学校
  • 牛窓町立牛窓中学校

上記各校とも現在は瀬戸内市立となっている。

交通

電気

才賀藤吉が1912年(大正元年)8月に事業許可を得て1913年(大正2年)6月に牛窓電気を設立[2]。牛窓町に発電所(瓦斯力、出力32kW)を建設、1914年(大正3年)12月に事業開始。供給区域は邑久郡牛窓町、鹿忍村、長浜村、玉津村[3]。1922年(大正11年)3月に山陰中央水電に合併される[4][5]。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

本蓮寺
黒島ヴィーナスロード

出身者

脚注

関連項目

外部リンク

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