牛窓町牛窓

岡山県瀬戸内市にある地区 From Wikipedia, the free encyclopedia


牛窓町牛窓(うしまどちょううしまど)は岡山県瀬戸内市にある地区(大字)である。郵便番号は701-4302[1]。同市牛窓地域(旧牛窓町)南端に位置する同地域の中心的な地区で、瀬戸内海播磨灘)に面する港町を中心に形成される。

概要 牛窓町牛窓, 国 ...
牛窓町牛窓
大字
牛窓湾遠景
北緯34度37分2.08秒 東経134度9分26.12秒
座標位置:瀬戸内市立牛窓東小学校付近
日本の旗 日本
都道府県 岡山県の旗 岡山県
郵便番号 701-4302
市外局番 0869
ナンバープレート 岡山
ポータルアイコン ポータル 日本の町・字
ポータルアイコン ポータル 岡山県
プロジェクト 日本の町・字
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しおまち唐琴通りに沿って古い町並みがよく残される。
江戸時代の風情を残す「しおまち唐琴通り」の裏通りに位置する歴史的な公共井戸・上之町井戸。

概要

古代~中世

古代より「唐子の瀬戸」と呼ばれた風待ち潮待ちの良港、牛窓港後背地として瀬戸内航路の要衝として栄え発展した[2]

飛鳥時代には、遣新羅使の雪連宅満がこの地で没し、万葉集にその悲しみを詠った歌が残されている[2]

平安時代には皇室領の鹿忍荘(かしのしょう)の一部であったとみられ、後に北隣の豊原荘へと吸収されてそのまま皇室領として運用された(鹿忍荘は後一条天皇、豊原荘は後白河法皇の遺領の目録に登場する)[3]

近世

江戸時代岡山藩の支配地となり、東の玄関口として機能し、参勤交代一行や朝鮮通信使の停泊港・宿泊地とされ、造船の町としても栄えた[2]明治時代以降は、陸上交通の拡大に伴う瀬戸内の海上交通の縮小によって衰退した。当時の繁栄は「牛窓千軒」と称され、現在も「しおまち唐琴通り」には当時の豪商の蔵や唐子踊りの伝統が残っている[4]

近年はマリンスポーツの好適地として発展し、温暖な気候を生かしたオリーブ栽培や、海に沈む夕日の景勝と相まって、「日本のエーゲ海」と呼ばれている。

観光・産業

オリーブ栽培

1942年に服部和一郎が私財を投じて開墾したことに始まり、現在は約10ヘクタールの敷地に約2,000本の樹が栽培されている。[5]

日本のエーゲ海

1980年代より、多島美オリーブ、白亜の建物コントラストから「日本のエーゲ海」としてPRを開始し、ヨットマリンスポーツの拠点となっている[6][7]

黒島ヴィーナスロード

干潮時にのみ現れる砂の道(トンボロ現象)で、隣接する黒島まで歩いて渡ることができるパワースポットとして知られる[7]

名所・旧跡

ギャラリー

交通

公共交通機関

道路

牛窓地区と鹿忍地区で構成される。鹿忍地区はかつて鹿忍港として存在していたが、港湾統合により牛窓港に統合された。牛窓地区はフェリー埠頭や公営マリーナ牛窓ヨットハーバーなどの主要施設があり、旧市街地にはリゾートホテルペンション、飲食店が集まる。鹿忍地区は主に入湾時の避難港としての役割を担っている。

小・中学校の通学区域

市立小中学校に通う場合、通学区域は以下の通りである[9]

さらに見る 小学校, 中学校 ...
小学校 中学校
牛窓町牛窓 瀬戸内市立牛窓東小学校 瀬戸内市立牛窓中学校
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施設

脚注

関連項目

外部リンク

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