牧山耕蔵
日本の実業家、政治家 (1882-1961)
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴
現在の長崎県壱岐市出身。1906年早稲田大学政治経済科卒。朝鮮に渡り、京城居留民団議員、京城学校組合会議員、朝鮮新聞社社長などを務める。1917年の第13回衆議院議員総選挙で初当選。以来連続8期務める。第二次若槻内閣で海軍政務次官に就任、1936年には列国議会同盟会議(開催国ハンガリー)に日本議員団の団長として参加した。1942年の第21回衆議院議員総選挙(いわゆる「翼賛選挙」)で非推薦で立候補したが落選した。戦後は公職追放となり、追放解除後の1953年の第26回衆議院議員総選挙で長崎2区から分党派自由党公認で立候補したが落選。その後は立候補することなく1961年死去。
この他、長崎日日新聞社、佐世保新聞社、国際観光興業各社長などを務めた。