『古事記』允恭天皇段で、穴穂御子(安康天皇)が軽太子を捕らえる場面では、「大前小前宿祢大臣」と大前と1人の人物の如く登場し、初め太子を匿うものの、後に穴穂御子に降る様子が記されている。また『日本書紀』安康天皇即位前紀でも同様の事件を記すが、そこでは大前のみが登場し、歌謡(宮人振)において「大前小前宿祢が云々」と歌われている。もっとも、この歌謡は『古事記』允恭天皇段のものと同じなので、『古事記』の伝承から採られたものとされている[4]。
『新撰姓氏録』によれば、高橋連[5]、鳥見連[6]、登美連[7]などの祖先とされているが、その他、『先代旧事本紀』天孫本紀には豊前国の社人となった田部連の祖とも記されている。