猪子石城 From Wikipedia, the free encyclopedia 城郭構造 平城天守構造 なし築城主 横地氏築城年 不明logo猪子石城(愛知県) 城跡とされる猪子石神明社(2015年9月)城郭構造 平城天守構造 なし築城主 横地氏築城年 不明主な城主 横地秀次廃城年 天正12年(1584年)以降指定文化財 未指定位置 北緯35度11分26.5秒 東経136度59分39.9秒 / 北緯35.190694度 東経136.994417度 / 35.190694; 136.994417座標: 北緯35度11分26.5秒 東経136度59分39.9秒 / 北緯35.190694度 東経136.994417度 / 35.190694; 136.994417地図 猪子石城 テンプレートを表示 猪子石城(いのこしじょう)は、名古屋市名東区にあった日本の城(平城)。 城跡とされる月心寺(2015年9月) 香流川の北岸に築かれ、東西約90メートル、南北110メートルの規模で、現在は月心寺と神明社の境内となっている[1]。かつては2重の堀をめぐらせてあったと伝わっている。 室町時代前期に遠江から移ってきた横地氏の城。天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いで、城主・横地秀次が羽柴秀吉方の池田恒興らの案内役を務めるが、敗れて美濃方面に逃走した後に廃城となった[1]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 平井聖 1979, p. 286. 参考文献 『日本城郭大系』 9巻、新人物往来社、1979年、286頁。ASIN B000J8HHFO。 関連項目 猪子石 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles