猪瀬征次郎
From Wikipedia, the free encyclopedia
1964年今市市長選挙
栃木県出身[1]。旧制今市中学校卒業[1][3]。その後は家業の米屋を手伝った[3]。1942年(昭和17年)に召集され、シベリア抑留を経て帰国した[3]。
1959年(昭和34年)から1964年(昭和39年)まで今市市議会議員を務めた[1]。
1963年(昭和38年)に実施された市議選において、8人の運動員に6,500円の買収費を渡した疑いで、今市簡易裁判所から罰金4万円、公民権停止4年の略式命令を受けた[4]。しかし、これを不服として、宇都宮地方裁判所に正式公判を申し立てた[4]。この裁判の途中で1964年(昭和39年)の今市市長選挙に立候補して、現職で自民党公認の八木澤善吉を52票差で破って初当選を果たした[4]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 猪瀬征次郎 | - | - | 新 | 7,813票 | 50.17% | - |
| 八木澤善吉 | - | 自由民主党 | 現 | 7,761票 | 49.83% | - |
しかし、1966年(昭和41年)1月20日に一身上の都合を理由として、31日付での辞職を市議会議長に届け出た[5]。
1974年(昭和49年)5月、栃木県議会議員の補欠選挙に今市市選挙区から無所属で立候補したが、落選した[6][7]。1979年(昭和54年)再び同市議となった[2]。
1982年今市市長選挙
1982年(昭和57年)の今市市長選挙に立候補したが、現職の斎藤昭男に敗れた[8]。
※当日有権者数:-人 最終投票率:71.47%(前回比:-pts)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 斎藤昭男 | 54 | 無所属 | 現 | 14,017票 | 54.77% | - |
| 猪瀬征次郎 | 68 | 無所属 | 元 | 11,574票 | 45.23% | - |
1987年(昭和62年)当時の今市市長の福田儀が建設業者から賄賂を受け取ったとして事前収賄罪容疑で逮捕され、市長を辞職。出直し市長選挙に立候補し、市長に再選した[1]。同年4月26日に就任した[9]。市長再選前は米穀商をしており、栃木県米穀商組合役員も務めていた[10]。1991年(平成3年)4月12日まで市長を務めた[11]。同年の市議選に立候補したが、落選した[12]。