1996年、福島県いわき市に生まれる。小学生の頃にバスケットボールを始め、いわき市立中央台北中学校1年次には2010年ジュニアオールスターのメンバーに選抜された[2]。
中学卒業後は能代工業高校に進学するが、ベンチメンバーに選ばれたのは3年生になってからで、出場機会も少なかった[3]。しかし、将来プロバスケットボール選手になる希望を持っていた猪狩は、同じ東北出身で、交流のあった村上駿斗がスラムダンク奨学金第7期奨学生として留学したこと等に影響を受け、自らも奨学金に応募[3]。第8期生としてアメリカへ留学することが決まった。
2015年3月、アメリカ合衆国のプレップスクールの一つ、サウスケント・スクールに入学するため、渡米。その後、夏期休暇中にトレーニングを行ったIMGアカデミーからスカウトを受け、予定を変更してIMGアカデミーに入学する[4]。IMGアカデミーには1軍の「ナショナルチーム」と2軍の「ブルーチーム」があり、猪狩は当初ブルーチームに所属[4]。8試合で5つ以上のアシストを記録するなど、1試合平均2.9アシストをあげ、またチーム2番目の14スティールを記録するなど、ブルーチームのポイントガードの主軸となり[5]、ナショナルチームでもプレイした[4]。
アカデミー卒業を控え、猪狩のもとにはNCAAディビジョン1のフロリダA&M大学から奨学金付きでの入学の勧誘があった[5]。だが学業面において、スポーツ奨学生としての基準は満たしていたものの、大学側の都合によって、それより高い一般学生の基準達成を求められたため、猪狩は進学をあきらめ帰国[6]、プロ選手としての経験をいち早く積むため、地元福島を拠点とするプロバスケットボールチーム、福島ファイヤーボンズのトライアウトを受験する。2016年7月13日、ファイヤーボンズとの選手契約合意を発表した[1]。
2019年6月30日に双方が合意で契約満了となった[7]。。