玄梧鳳
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済州島の南済州郡で生まれた。日本の興國商業学校(現・興國高等学校)卒業。1969年ソウル大学校経営大学院修了[1]。光復後、左翼が活発だった済州島でしばらく警察に籍を置いて、済州警察署通信課長・公報室長を務めたが[1]、1947年に商工部鉱務局に移った[4]。
1956年に大明鉱業開発の専務を務め、その後1958年5月2日に行われた第4代総選挙で初当選し国会議員となり、自由党院内副総務・院内総務を務めた[1]。四月革命と5・16軍事クーデターでしばらく政治活動を休止したが、1963年の第6代総選挙で民主共和党所属で当選し、国会運営委員長兼民主共和党院内総務を務めた。1967年の第7代総選挙後に国会運営委員長・南営号沈没事故真相調査特別委員長[1]、1971年の第8代総選挙後に民主共和党院内総務、1973年第9代総選挙でも維新政友会所属で当選し、国会建設委員会委員長を務めた後、1976年には維新政友会政策委員会議長を務めた。1978年の第10代総選挙で民主共和党所属で当選し、国会運営委員長兼民主共和党院内総務、民主共和党党務議員、民主共和党済州島党務協議会議長、韓・コロンビア議員親善協会会長などを務めた[4]。
学歴
- 興國商業学校(現・興國高等学校)
- ソウル大学校経営大学院