玉仁洞
ソウル特別市鍾路区にある法定洞
From Wikipedia, the free encyclopedia
洞名の由来
玉仁という地名は玉洞と仁王洞の名前から由来する。
歴史
名所
仁王山の中腹に小盤バウィ、芝草バウィなどの岩、慈寿宮橋、弼雲洞・楼下洞・楼上洞一帯を含む地域に仁慶宮、松石園などがあった。仁慶宮は1676年~1682年に建てていたが、仁祖反正により中断した。以降1692年(仁祖11)に一部を撤去して昌慶宮の建設に使用し、他の殿閣は、孝宗までいて粛宗と英祖の際に無くなり、民家が立て込んだ。小盤バウィはお膳のようにできているということから名称が由来し、小盤バウィと芝草バウィは、仁王山の中腹まで住宅が入り込んで多く毀損された。慈寿宮橋と松石園はそれぞれ21番地と47-133番地付近にあり、慈寿宮橋は慈寿宮があるということから、松石園は松の木と岩が調和していることから名称が付けられた。
文化財は、朴魯寿家屋(ソウル文化財資料1)がある。休息空間は1979年に開園した面積472㎡の玉仁公園、社会福祉施設は1998年に設立されたラファエルの家がある。