朝鮮初期まで漢城府北部俊秀坊に属し、1867年(高宗7)に漢城府北部俊秀坊旧司圃署契管轄になった。1894年(高宗31)、甲午改革当時漢城府北署俊秀坊旧司圃契が仁王洞と玉洞に該当する地域だった。
1914年、行政区域統廃合により北部に俊秀坊仁王洞と玉洞が統合されて玉仁洞になり、同年9月、出張所制度新設で京城府北部出張所玉仁洞になった。1936年4月、洞名が日本式地名に変更されて玉仁町になり、1943年4月、区制実施で鐘路区玉仁町になった。1946年、大日本帝国の残滓清算の一環として町が洞に変わるとき、玉仁洞になった。