通義洞
ソウル特別市鍾路区にある法定洞
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
朝鮮初期に漢城府北部順化坊、1751年(英祖27年)に漢城府北部順化坊司宰監契と義通坊迎秋門契に属したし、1894年(高宗31年)、甲午改革当時の行政区域の改編の時には彰義洞、西門洞、帶洞、壮洞、梅洞などが通義洞に該当する地域だった。
1914年、行政区域の統廃合により西門洞、帶洞、壮洞、梅洞などが統合して通義洞になって、同年9月、出張所制度の設置により京城府北部出張所通義洞になって、1915年6月、京城府通義洞になった。1936年4月、洞名が日本式地名に変更されて通義町になって、1943年4月、区制実施で鐘路区通義町になった。1946年、大日本帝国の残滓清算の一環として町が洞に変わるとき、通義洞になった。
ヒンソナムッコル、メジッコル、ティッコルなどの村があった。ヒンソナムッコルは白松が、ティッコルは帯を作る店があったことから由来する。