幼少のころから聡明で、芸術、数学、陰陽、五行、古典、書道など多くのことを学んだ。進士となり 郝・湘・徐・昊の各州に任官した。 翰林学士であったとき、国家の図書館で偶然に張仲景の「金匱玉函要略方」3巻を見つけた。上巻は傷寒、中巻は雑病、下巻は処方と婦人病が記されたものであった。「金匱玉函要略方」は、 その後、さまざまな学者によって編集され、「雑病」、「食禁」、「禁忌」などを記した『金匱要略』としてまとめられた。 晩年は、特に古風な書体で書くことを好んだ[1]。寛大で気さくな人物で、一族のために良く尽くし、友人に信頼され、独身者はすべて結婚させた。