琴村 日本の長崎県上県郡にあった村 From Wikipedia, the free encyclopedia 琴村(きんむら)は、長崎県上県郡にあった村。1955年(昭和30年)に北隣[1]の豊崎町と合併し、上対馬町となった。 廃止日 1955年4月1日廃止理由 新設合併豊崎町、琴村 → 上対馬町現在の自治体 対馬市国 日本概要 きんむら 琴村, 廃止日 ...きんむら琴村廃止日 1955年4月1日廃止理由 新設合併豊崎町、琴村 → 上対馬町現在の自治体 対馬市廃止時点のデータ国 日本地方 九州地方都道府県 長崎県郡 上県郡市町村コード なし(導入前に廃止)総人口 3,973人(国勢調査、1950年)隣接自治体 上県郡豊崎町、佐須奈村、仁田村琴村役場所在地 長崎県上県郡琴村大字琴692番地座標 北緯34度33分19秒 東経129度27分21秒ウィキプロジェクトテンプレートを表示閉じる 現在の対馬市上対馬町の南部にあたる。 地理 対馬島の北東部に位置する。 山:金山、香ノ木山、鳴滝山、樫岳、イビタ山、白岳、城岳、小白岳、天頭山、茶屋隈峠 島嶼:銭島、千鳥島、松島、京島 河川:舟志川、琴川、芦見川、久留栖川 港湾:舟志湾、小鹿漁港、一重漁港 沿革 当村域の一帯について、中世は「伊奈郡」および「豊崎郡」の各一部、近世は「伊奈郷」および「豊崎郷」の各一部に属した[2][3][4][5][6]。また『津島紀事』によれば、伊奈郷内には枝村4村を含む20村[7]、豊崎郷内には枝村1村を含む18村[8]が属していたとされる[6]。伊奈郷と豊崎郷は対馬島内の他の各郷とともに明治5年に廃止された[6]。 1908年(明治41年)4月1日 - 島嶼町村制施行により、琴村・葦見村・一重村・小鹿村・五根緒村・舟志村・中原村が合併し上県郡琴村が発足[9]。 1955年(昭和30年)1月1日 - 豊崎町と合併して上対馬町が発足し、琴村は自治体として消滅。 地名 大字を行政区域とする。 芦見(あしみ)[10] 小鹿(おしか) 琴(きん) 五根緒(ごねお) 舟志(しゅうし) 中原(なかばる)[11] 一重(ひとえ) 参考文献 角川日本地名大辞典 42 長崎県 平山棐 編『津島紀事』163頁-210頁、233頁-273頁(1917年)国立国会図書館デジタルコレクション 脚注 [脚注の使い方] [1]市町村変遷パラパラ地図 完全版 長崎県 1954年4月1日 [2]対馬6町合併のあゆみ 対馬6町合併協議会(総務省 合併デジタルアーカイブ) [3]角川日本地名大辞典 42 長崎県「伊奈郡」 [4]角川日本地名大辞典 42 長崎県「豊崎郡」 [5]角川日本地名大辞典 42 長崎県「伊奈郷」 [6]角川日本地名大辞典 42 長崎県「豊崎郷」 [7]伊奈・志多留・越高・御園(みそ)・犬ヶ浦・瀬田・樫瀧・飼所・鹿見(ししみ)・久原・女連(うなつら・おなつら)・琴・葦見・一重・小鹿・中原(なかばる)・苅生・田浜(たのはま)・下里・中栗栖の各村からなる。幕末から明治初期までに苅生村と田浜村は志多留村に、下里村は樫瀧村に、中栗栖村は瀬田村にそれぞれ含まれたものとみられる。 [8]西津屋・河内・左河内・大浦・鰐浦・豊・泉・西泊・古里・比田勝・網代・富浦・津和原(つわばる)・唐舟志・浜久須・大増・五根緒・舟志の各村からなる。幕末から明治初期までに左河内村は河内村に、津和原村は唐舟志村にそれぞれ統合されたものとみられる。 [9]長崎縣令第二十號『対馬の各町村合併及びその名称に関する件、』長崎県公報 明治41年3月25日付号外 [10]「葦見」とも表記。 [11]上対馬町発足時に舟志に統合され、大字としては廃止された。 関連項目 長崎県の廃止市町村一覧この項目は、日本の市区町村に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本の都道府県/PJ:日本の市町村)。表示編集 Related Articles