瑜伽神社 (奈良市)
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位置
北緯34度40分44.10秒 東経135度50分8.52秒 / 北緯34.6789167度 東経135.8357000度座標: 北緯34度40分44.10秒 東経135度50分8.52秒 / 北緯34.6789167度 東経135.8357000度
主祭神
宇迦御魂大神
例祭
3月8日
| 瑜伽神社 | |
|---|---|
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拝殿 | |
| 所在地 | 奈良県奈良市高畑町1059 |
| 位置 | 北緯34度40分44.10秒 東経135度50分8.52秒 / 北緯34.6789167度 東経135.8357000度座標: 北緯34度40分44.10秒 東経135度50分8.52秒 / 北緯34.6789167度 東経135.8357000度 |
| 主祭神 | 宇迦御魂大神 |
| 例祭 | 3月8日 |
| 地図 | |

歴史
しかしながら、この由緒には疑問も呈されている[2]。
今宮
社伝が飛鳥の元宮に対する呼称とする「今宮」[1]については、『大乗院寺社雑事記』にその創祀が詳しく記されており[注釈 1]、春日五所明神[注釈 2]を勧請したもので、その鎮座地も瑜伽山ではなく西隣の鬼薗山[注釈 3]である[4]。また『奈良曝』巻三でも、「鬼薗山」の項で
是も大乗院おはしますうしろの山を云、此山の内に茶屋も有、今みやとて春日明神をくわんじやうの宮も有
と記されている[5]。この今宮は瑜伽神社とも併存して江戸時代にも存在したと考えられており、廃絶は明治初期の大乗院解体と同時期と思われる[5]。
新宮
瑜伽山は西方院山とも呼ばれ、「今宮」ではなく「新宮」が祀られていたことが、『大乗院寺社雑事記』に見える[6]。「新宮」は、大乗院第十二代覚尊の死後に与えられた神号であるとされ、この覚尊が西方院山新宮社に祀られていた[7]。この新宮社の創祀時期、廃絶時期及び廃絶理由などについては不明である[8]。
天満天神と稲荷社
元興寺禅定院鎮守は高畑の天満天神であり、大乗院が当地に移って後も、同社が鎮守となったとされる[5]。 『奈良坊目拙解』巻七の天満天神宮条によると、天満天神内にはかつて稲荷小祠があったが、いつの間にか廃れてしまっていた[5]。享保3年(1718年)、宮守の吐山甚太夫が霊夢を見て稲荷小祠を再興し、同15年(1730年)8月に天満天神の北方、かつての新宮社があった地に正遷宮を行った、との記録がある[9]。稲荷神社と瑜伽神社は祭神が等しく宇迦御魂大神であり、この稲荷神社が山の地名にちなみ後年瑜伽神社と称したことが推測される[注釈 4][10]。