生物多様性と生物地理学に関する統一中立説
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| Unified Neutral Theory of Biodiversity and Biogeography(UNTB) | |
|---|---|
| 生態的群集の多様性と相対的種存在量を確率論的・中立的プロセスで説明する理論 | |
| 基本情報 | |
| 提唱者 | スティーブン・P・ハッベル(Stephen P. Hubbell) |
| 提唱年 | 2001年 |
| 分野 | 群集生態学・生物地理学・理論生態学 |
| 主著 | The Unified Neutral Theory of Biodiversity and Biogeography(Princeton University Press, 2001) |
| 略称 | UNTB |
| 先行理論 | 島嶼生物地理学理論(マクアーサー&ウィルソン, 1967)・分子進化中立説(木村資生, 1968) |
生物多様性と生物地理学に関する統一中立説(せいぶつたようせいとせいぶつちりがくにかんするとういつちゅうりつせつ、英語: Unified Neutral Theory of Biodiversity and Biogeography、略称:UNTB)は、アメリカの生態学者スティーブン・P・ハッベル(Stephen P. Hubbell)が2001年に提唱した群集生態学の理論である[1]。
本理論は、生態的群集における種の多様性と相対的存在量(relative abundance)を、種間の機能的差異を仮定せず、確率論的プロセスのみによって説明することを目指す。ハッベルは、ロバート・マクアーサー(Robert H. MacArthur)とエドワード・O・ウィルソン(E. O. Wilson)が1967年に提唱した島嶼生物地理学の理論を拡張・発展させ、種分化プロセスを組み込むことで生物多様性と生物地理学の両分野を数理的に統一した[2]。
UNTBの核心的前提は「中立性(neutrality)」であり、同一栄養段階に属する種は出生率・死亡率・分散率・種分化率において個体あたり等価であると仮定する[3]。これは木村資生が分子進化中立説において集団内の遺伝的浮動を強調したことと並行する概念であり、UNTBは「群集生態学における中立説の生態学的類比」と位置づけられる[4]。この理論はニッチ理論が支配的であった群集生態学に確率論的・中立的な対立軸をもたらし、発表以降、生態学者のあいだで活発な論争を引き起こした[5]。
提唱者
スティーブン・P・ハッベル(1942年2月17日生まれ)はアメリカの生態学者であり、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)生態・進化生物学科特別名誉教授、およびスミソニアン熱帯研究所(STRI)上級スタッフ科学者を務めた[6]。カールトン大学で生物学学士号(1963年)を取得し、カリフォルニア大学バークレー校で動物学博士号(1969年)を取得した[7]。
ハッベルは1979年にパナマのバロコロラド島(Barro Colorado Island)に50ヘクタールの森林動態プロット(Forest Dynamics Plot)を共同で設立し、250,000本の樹木を個体レベルで追跡する長期モニタリング研究を開始した[8]。このプロットはやがてスミソニアン熱帯科学センター(Center for Tropical Forest Science)のモデルとなり、現在では25か国以上・60以上の森林研究プロットからなるForestGEOネットワークへと発展した[9]。バロコロラド島での長期データの蓄積が、UNTBの理論的構築と実証検証の基盤となった。ハッベルは2009年に米国生態学会最高栄誉賞であるEminent Ecologist Awardを、2016年には国際生物学賞(International Prize for Biology)をそれぞれ受賞している[10]。
先行理論との関係
UNTBは複数の先行理論を統合する形で構築された。
まず、マクアーサーとウィルソンの島嶼生物地理学理論(1967年)は、孤立した島嶼における種数が移入率と絶滅率の均衡によって決まると主張した。ハッベルはこの枠組みを大陸スケールの群集生態学に拡張し、種分化プロセスを加えることで生物多様性と生物地理学を統一的に扱えるよう発展させた[11]。
次に、ハッベルは木村資生の分子進化中立説(1968年)の思想的枠組みを生態学に応用した。木村が集団遺伝学において「遺伝的浮動」が遺伝子頻度変化を駆動すると主張したように、ハッベルは群集生態学において「生態的ドリフト(ecological drift)」が種組成の変動を駆動すると論じた[12]。
また、ハッベルは1979年から1997年にかけての自身の先行研究においてすでに中立論的な考え方を示しており、2001年の著作はその集大成である[13]。
主な内容・特徴
中立性の前提
UNTBの根本的前提は、同一栄養段階(trophic level)に属する全種の個体は、「個体あたり(per capita)の基準で」生態学的に等価(ecologically equivalent)であるという仮定である[14]。すなわち、出生・死亡・移住・種分化の確率は種によらず等しいと仮定する。ハッベルはこの「中立性」が種間に何も起きていないことを意味するのではなく、種の違いが生態的成功に影響しないという限定的な主張であることを強調した[15]。競争や協力などの複雑な生態的相互作用も理論内で許容されるが、すべての個体が同一のルールに従う場合に限られる。
主要概念
- メタ群集(metacommunity)
- 種の供給源となる大規模な地域群集。種分化と絶滅の動的均衡によって種多様性の分布が決まる。新種は「点種分化(point speciation)」によってシングルトン(単一個体の新種)として発生すると初期モデルでは仮定された。
- 局所群集(local community)
- サイズ J の個体からなる小規模群集。個体の確率的な出生・死亡に加え、メタ群集からの移住(immigration)によって種組成が絶えず変動する。群集サイズは常に J で一定に保たれる(「ゼロサム仮定」)[16]。
- 生態的ドリフト(ecological drift)
- 確率的な出生・死亡の繰り返しによって生じる種組成の変動。遺伝的浮動の群集生態学的類比であり、UNTBにおける主要な多様性変動プロセスである。
- 基本的生物多様性数(θ、theta)
- UNTBが予測する無次元パラメータで、θ = 2J_M · ν として定義される(J_M はメタ群集サイズ、ν は種分化率)。θはメタ群集における種豊富度と相対的存在量の定常状態分布を決定する根本的な定数とされる[17]。
- 移住率(m)
- メタ群集から局所群集への個体流入確率。m = 1 の場合は局所群集がメタ群集の無作為標本となり、m = 0 の場合は完全な孤立状態で最終的に1種を除いて絶滅する。0 < m < 1 の場合には単峰型の種存在量分布が生じる[18]。
予測と検証
UNTBはメタ群集において対数級数分布(Fisher's log-series)に近い種個体数分布(Species Abundance Distribution, SAD)を予測し、局所群集においてはゼロサム多項分布(Zero-Sum Multinomial, ZSM)を予測する。ハッベルはバロコロラド島の50ヘクタール森林プロットから得た樹木種の存在量データを用いてこれらの予測が観察データとよく一致することを示した[19]。またUNTBは種多様性(種存在量曲線)と生物地理学(種面積曲線)の両パターンを単一の理論体系で説明できる点でも革新的であった[20]。
論争と批判
UNTBは提唱以来、生態学者のあいだで広範な論争を引き起こした[21]。批判の主な論点は以下の四つに整理できる[22][23]。
第一に、種の機能的等価性という前提の非現実性が指摘された。種間の適応的差異が知られており、環境勾配に対する反応も種によって異なることが実証されているため、中立性の仮定は現実の群集にそぐわないという批判がなされた[24]。
第二に、UNTBはどの種が稀少でどの種が優占するかを予測できないという問題が指摘された。ニッチ理論は環境条件の違いに応じて種の優占順位を予測できるが、中立理論はそのような予測を本質的に行えない[25]。
第三に、パターンの過適合問題(非識別可能性)が挙げられた。ニッチ理論モデルも中立理論モデルと同程度に種存在量分布に適合できるケースがあり、パターンの一致が中立説の検証として弱いとされた[26]。
第四に、パラメータの推定困難性が指摘された。θ の推定には種分化率 ν とメタ群集サイズ J_M の同定が必要だが、実際の系でこれらを測定することは困難である[27]。
発展と修正
UNTBへの批判を受けて、その後の研究者たちはモデルの修正・拡張を試みた。なかでも重要なのは、ロジンデル(James Rosindell)らによる「段階的種分化(protracted speciation)」モデルの提唱(2010年)である。従来のUNTBでは新種がシングルトンとして瞬時に出現すると仮定していたが、この仮定は種の寿命や稀少種数について非現実的な予測を生んでいた。段階的種分化モデルでは種分化を漸進的プロセスとして扱うことで、これらの問題を解消しながら元のモデルの主要な業績を維持した[28]。
またロジンデル、ハッベル、エティエンヌによる2011年のレビュー論文は、UNTB提唱から10年間の理論的・実証的進展を整理し、中立理論が分散制限(dispersal limitation)・種分化・生態的ドリフトの重要性を強調する量的帰無モデルとして、適応や自然選択の役割を評価する枠組みを提供してきた点を再評価した[29]。
近年では、ニッチ理論と中立理論を統合する方向の研究が進んでいる。安定化力(stabilizing forces)と等化力(equalizing forces)がともに多様性維持に寄与するという視点のもと、両理論を補完的なものとして扱うアプローチが提唱されている[30]。
影響と評価
UNTBは発表時から多くの反発を招きながらも、群集生態学に対して少なくとも三つの重要な貢献をもたらしたと評価されている。
第一に、UNTBはニッチ理論の検証に新たな厳密さをもたらした。「データが中立理論によっても説明できる場合、それはニッチメカニズムを必要としない」という論理によって、ニッチ理論の主張が従来よりも高い基準で検証されるようになった[31]。
第二に、確率的プロセスの重要性を群集生態学に広く認識させた。UNTBの登場以前、群集生態学は決定論的なニッチ理論を基軸としていたが、以降は確率的・中立的プロセスが生物多様性維持に果たす役割が真剣に考慮されるようになった[32]。
第三に、UNTBは生物多様性の定量的帰無モデル(null model)としての地位を確立した。帰無モデルとは、特定のプロセスを仮定せずとも観察パターンを再現できる基準モデルのことであり、UNTBが提供するこの枠組みは、生態学における仮説検証の手続きを整備する上で貢献した[33]。
エドワード・O・ウィルソンは本著を「過去半世紀における生態学と生物地理学への最も重要な貢献の一つ」と評した[34]。一方で批判者たちは、UNTBを「統一理論」と称することが時期尚早であるとも指摘している[35]。
主要文献
- The Unified Neutral Theory of Biodiversity and Biogeography (Hubbell, S. P., Princeton University Press, 2001)
- Hubbell, S. P. (1997). A unified neutral theory of biogeography and relative species abundance and its application to tropical rain forests and coral reefs. Coral Reefs 16 (suppl.): S9–S21.
- McGill, B. J. (2003). A test of the unified neutral theory of biodiversity. Nature 422: 881–885.
- Volkov, I., Banavar, J. R., Hubbell, S. P., & Maritan, A. (2003). Neutral theory and relative species abundance in ecology. Nature 424: 1035–1037.
- Rosindell, J., Cornell, S. J., Hubbell, S. P., & Etienne, R. S. (2010). Protracted speciation revitalizes the neutral theory of biodiversity. Ecology Letters 13: 716–727.
- Rosindell, J., Hubbell, S. P., & Etienne, R. S. (2011). The Unified Neutral Theory of Biodiversity and Biogeography at Age Ten. Trends in Ecology & Evolution 26(7): 340–348.
- Rosindell, J., Hubbell, S. P., He, F., Harmon, L. J., & Etienne, R. S. (2012). The case for ecological neutral theory. Trends in Ecology & Evolution.