このドラマシリーズは、2003年に、KBS京都・サンテレビ・テレビ神奈川の独立UHF局3局と、大阪芸術大学が組んだ産学連携企画としてはじまった。これは、当時KBS京都の番組審議委員長と大阪芸術大学の教授を務めていた映画監督の中島貞夫の構想によるものである[1]。第1作は中島が同大大学院で助手を務めていた北條俊正との会話で作品の構想を披露されたことがきっかけで企画された[1]。中島は第5作までの監修を、北條は第4作までの監督を務めている。
大阪芸術大学にとっては、ドラマ制作は学生の実習としての機能も担い、さらに複数の放送局で大学名が流れる為に、大学のPRにつながっている[2]。放送局側にとっては、大阪芸術大学に制作を全面的に委託することで、低予算でのドラマ制作を実現できる[2]。2003年当時、テレビ局と大学が産学協同して番組作りをするのは全国で初の試みだった[2]。一連のドラマでは、放送局側の関与は制作費の負担と表現内容や著作権をチェックする程度にとどめ、実際の制作は大阪芸術大学に全面的に委託する形となっている[2]。
放送局は、2008年の『ブロードキャストASUKA』まではKBS京都・サンテレビ・テレビ神奈川の他に、複数の独立UHF局で放送され、また『ブロードキャストASUKA』では独立UHF局でないフジテレビ系の岡山放送での放送も行われた[2]。2010年の『風に向って走れ!〜芸大女子駅伝部〜』では、同大が朝日放送社屋の隣にサテライトキャンパスを開設したことがきっかけで、朝日放送との共同制作が行われた[3]。『風に向って走れ!〜芸大女子駅伝部〜』は独立UHF局のサンテレビ、奈良テレビ、テレビ和歌山、千葉テレビでの放送となった。