田中千代 (教育者)
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1923年、雙葉高等女学校(現在の雙葉学園)を卒業する。1924年10月に地理学者の田中薫と結婚した。
1927年、東京・御茶ノ水の文化学院大学部に入学。アテネフランセにも通い語学の勉強をする。1928年、薫の欧米留学(文部省在外研究員)に同行し渡欧。ロンドン、パリ、ニューヨークに滞在する。渡欧中に語学、服飾デザインを学ぶ。
1930年、スイスでバウハウスの初代のメンバーであるヨハネス・イッテンから日本女性として初めて教育を受ける。
1931年に日本へ帰国。帰国途中の船上で鐘淵紡績(現・クラシエホールディングス)の創始者武藤山治の妻千世子と知り合う。翌年、田中は鐘淵紡績の顧問となった。
1933年、阪急百貨店婦人服部の初代デザイナーとなる。同年、心斎橋鐘紡のウィンドウでドレスを発表した。
1937年 兵庫県武庫郡本山村(現在の神戸市東灘区岡本)に田中千代洋裁研究所を開設する。
太平洋戦争後の1947年、佐々木営業部(現レナウン)内に田中千代デザインルームを開設した。翌年には財団法人田中千代学園を設立して、理事長・学園長となる(1951年私立学校法の施行に伴い、学校法人田中千代学園へ改組)。
1952年 当時の皇后(香淳皇后)の衣裳の相談役となる。
1957年 東京都渋谷区に東京田中千代服装学園(現・東京田中短期大学)を開校した。1958年 皇太子明仁親王(現・明仁上皇)の成婚に際し、香淳皇后・皇太子妃美智子(現・上皇后美智子)・清宮貴子内親王の衣装の製作にあたる。
1969年には防衛庁の依頼により婦人自衛官の制服をデザインした。またミス・ユニバース1969世界大会の審査員を務めた[2]。
受賞歴
主な著作
服飾事典
- 『図解服飾事典』婦人画報社、1955年、NDLJP:2474787
- 『服飾事典』同文書院、1969年、全国書誌番号:71002173
- 『田中千代服飾事典 : 新語と増補』同文書院、1990年、ISBN 4-8103-0009-9
- 『新・田中千代服飾事典』同文書院、1998年、ISBN 4-8103-0022-6