田中村 (千葉県)
日本の千葉県東葛飾郡にあった村
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地理
歴史
村名由来
当地一帯が江戸時代に駿河田中藩(藩主は本多家)の飛び地領であり、船戸にその統治拠点が置かれていたことによる。
→「舟戸藩」も参照
元和2年(1616年)、本多正重(本多正信の弟)は下総国で所領を加増されて1万石の大名となり、船戸に陣屋を構えた(舟戸藩)。正重が没すると本多家は8000石の大身旗本となるが、のちに大名への復帰を果たし、上野沼田藩を経て享保15年(1730年)に田中藩へ移された。元和2年(1616年)から明治元年(1868年)まで、当地一帯は本多家領であり続けた。
沿革
- 1873年(明治6年) - 大区小区制施行の際、第12大区8小区に編入される。
- 1878年(明治11年) - 郡区町村編制法施行の際、以下の村連合を組成する。
- 若柴村・十余二村・正蓮寺村連合
- 花野井村・松ヶ崎村連合
- 大室村・小青田村連合
- 大青田村・下三ヶ尾村・西三ヶ尾村・上三ヶ尾村・二川塚村連合
- 船戸村・三ッ堀村・瀬戸村連合
- 1884年(明治17年) - 戸長役場所轄区域更定の際、以下の単位で同一の戸長役場の所轄に属した。
- 若柴村、十余二村、正蓮寺村、花野井村、大室村、小青田村および高田村
- 船戸村、瀬戸村、大青田村、下三ヶ尾村、西三ヶ尾村および上三ヶ尾村
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、田中村・十余二村組合が成立。
- 若柴、花野井、大室、正蓮寺、小青田、船戸、大青田(利根運河北部を除く)、上三ヶ尾(利根運河南部)、下三ヶ尾(利根運河南部)、西三ヶ尾(利根運河南部)および青田新田飛地を合併して田中村が設置され、田中村と十余二村(十余二村は旧村のまま)との間に村組合が設置された。
- 合併せず村組合としたのは、十余二村が新開墾地で、旧い伝統をもつ他の諸村と民情、風俗、生活状態等を異にしたため。
- 1891年(明治24年)4月1日 - 田中村大字青田新田飛地を十余二村に編入。
- 1914年(大正3年)10月10日 - 組合を解消し、田中村が十余二村を編入。
- 1923年(大正12年)4月1日 - 福田村と共に一部の字区域と名称を変更。
- 1923年(大正12年)9月6日 - 田中村の自警団が隣接する福田村民と共に福田村事件を起こす。
- 1938年(昭和13年) - 柏飛行場開設。
- 1939年(昭和14年)4月5日 - 柏陸軍病院開設。
- 1949年(昭和24年)4月1日 - 田中村大字十余二のうち、旧陸軍柏飛行場区域を大字中十余二として分離する。
行政
交通
- 飛行場:柏飛行場
著名な住民
- 牧野伸顕 - 政治家