田中美智子

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生年月日 (1922-10-05) 1922年10月5日
出生地 広島県
没年月日 (2019-02-11) 2019年2月11日(96歳没)
出身校 日本女子大学家政学部社会福祉科
田中 美智子
たなか みちこ
生年月日 (1922-10-05) 1922年10月5日
出生地 広島県
没年月日 (2019-02-11) 2019年2月11日(96歳没)
出身校 日本女子大学家政学部社会福祉科
所属政党 無所属
選挙区 旧愛知1区
当選回数 5回
在任期間 1972年12月10日 - 1980年5月19日
1983年12月18日 - 1990年1月24日
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田中 美智子(たなか みちこ、1922年10月5日 - 2019年2月11日)は、日本政治家家政学研究者。元衆議院議員(5期)。夫は経済学者田中礼蔵

広島県出身。父親は師範学校の校長だった[1]日本女子大学家政学部社会福祉科卒業。27歳のとき結核で3年間療養、右肺を切除した[2]日本福祉大学助教授名古屋家庭裁判所調停委員長などを歴任。

1972年12月の第33回衆議院議員総選挙旧愛知1区から、日本共産党員ではあったものの、無所属(日本共産党・革新共同推薦)で立候補し初当選した。この年の総選挙で現職の丹羽久章(旧愛知1区)と辻寛一(旧愛知6区)は落選。自民党は名古屋市内の議席をすべて失った。

在職中、アスベスト問題や高額療養費制度の是正などに取り組んだ。また、女性労働者30歳定年制や女の賃金格差の問題を国会で初めて取り上げたことでも知られる。

1986年第38回衆議院議員総選挙では、社会党11期目の横山利秋を85票差でかわし、5期目の当選を果たした。1990年の総選挙には出馬せず引退。

議員引退後は埼玉県秩父市に在住。大腸癌余命数ヶ月と診断されながらも手術を経て完治2006年5月、84歳にしてブログを開設。2009年、ブログに綴った文章を基にエッセイ集『まだ生きている』を新日本出版社から出版した[1]

2019年2月11日、死去[3][4]96歳没

選挙の記録

執行年選挙所属党派得票数当落備考
1972年第33回衆議院議員総選挙無所属95,106票5名中2位
1976年第34回衆議院議員総選挙無所属80,509票6名中4位
1979年第35回衆議院議員総選挙無所属75,602票6名中2位
1980年第36回衆議院議員総選挙無所属72,699票6名中5位
1983年第37回衆議院議員総選挙無所属72,782票7名中3位
1986年第38回衆議院議員総選挙無所属66,649票8名中4位

著書

訳書

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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