田中美音子
日本のハンドボール選手
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田中 美音子(たなか みねこ、1975年1月14日 - )は、大阪府豊中市出身の元ハンドボール選手、指導者。現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)のイズミメイプルレッズ広島でコーチを務めている。
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|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| イズミメイプルレッズ広島 | |||||||||||
| 役職 | コーチ | ||||||||||
| 所属リーグ |
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| 基本情報 | |||||||||||
| 国 |
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| 出身地 | 大阪府豊中市 | ||||||||||
| 生年月日 | 1975年1月14日(51歳) | ||||||||||
| 身長・体重 | 160 cm | ||||||||||
| 利き腕 | 右 | ||||||||||
| 出身 | 四天王寺高等学校 | ||||||||||
| ポジション | CB | ||||||||||
| 所属クラブ | |||||||||||
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| 監督歴 | |||||||||||
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| 通算成績 (JHL) | |||||||||||
| 得点 | 1655点 (.595) | ||||||||||
| FS得点 | 1425点 (.573) | ||||||||||
| 7mT得点 | 230点 (.780) | ||||||||||
| 代表歴 | |||||||||||
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| 受賞歴 | |||||||||||
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経歴
小学校5、6年ではバレーボールをしていたが豊中市立第十中学校でハンドボールを始め、大阪・四天王寺高等学校時代には選抜優勝、全国高等学校総合体育大会ベスト8、国民体育大会3位を経験。
1993年に大和銀行入りし日本ハンドボールリーグ2部で得点王に輝く。
1994年に1部へ昇格すると、得点王を獲得。
1995年には日本リーグ得点王、ジュニア世界選手権得点王を記録した。
1996年は2年ぶりの得点王を獲得。
1997年はチームが2部へ降格。2部では得点王を獲得した。
1998年に1部へ昇格し、1999年の日本リーグ最優秀選手、得点王を獲得。 1999-2000年シーズンでチームが廃部。
2000年から2年間デンマーク1部リーグのスコウバッケンでプレー。
2002年、ソニーセミコンダクタ九州へ加入。2004年にアジア選手権優勝を果たし、自身は最優秀選手に選出された。
2005年は日本リーグの最優秀選手と1998年以来の得点王を獲得。
2006年に結婚。国内大会では旧姓「田中」を使用。2008年北京五輪の出場権をかけたやり直しアジア予選では、身分証明にパスポート提示が必要な国際大会のため、登録名が「平井美音子」に変更された。
2007年2月3日、鹿児島県の霧島市国分体育館で行われたHC名古屋戦で、日本リーグ女子史上初の通算1000得点を達成した。
2008年に出産し、2008-09年シーズンを産休していたが、2009年3月14日の北國銀行とのプレーオフ準決勝で復帰、2得点を挙げた[1]。2015-16年シーズン限りでソニーを退団。
2016年、地元の新チーム・大阪ラヴィッツに選手兼ヘッドコーチとして加入[2]。
2018年2月25日の北國銀行戦でリーグ史上初の通算1500得点を記録[3]。2017-18年シーズンはリーグ8位の90得点を挙げた[4]。
2023年3月4日、飛騨高山ビッグアリーナで行われた飛騨高山ブラックブルズ岐阜とのリーグ最終戦出場を最後に選手引退[5]。5月に功労賞と特別賞を受賞した[6][7]。
2023-24年シーズンからも大阪ラヴィッツのヘッドコーチとして活動[8]。2024-25年シーズン限りでヘッドコーチを退任した[9]。
2025年8月にイズミメイプルレッズ広島のコーチに就任したことを発表[10]。
詳細情報
年度別成績
| 年 | チーム | 試合 | フィールド 得点 |
率 | 7m | 合計 | 警告 | 退場 | 失格 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007-08 | ソニー | 13 | 49/98 | .500 | 8/9 | 57/107 | 2 | 2 | 0 |
| 2008-09 | 0 | - | |||||||
| 2009-10 | 15 | 46/80 | .575 | 0/0 | 46/80 | 2 | 2 | 0 | |
| 2010-11 | 15 | 57/104 | .548 | 2/8 | 59/112 | 2 | 2 | 0 | |
| 2011-12 | 14 | 32/57 | .561 | 0/0 | 32/57 | 0 | 1 | 0 | |
| 2012-13 | 15 | 58/93 | .624 | 1/3 | 59/96 | 4 | 3 | 0 | |
| 2013-14 | 18 | 83/132 | .629 | 0/0 | 83/132 | 5 | 2 | 0 | |
| 2014-15 | 18 | 39/61 | .639 | 0/0 | 39/61 | 3 | 7 | 0 | |
| 2015-16 | 12 | 32/52 | .615 | 0/0 | 32/52 | 1 | 0 | 0 | |
| 2017-18 | 大阪L | 24 | 90/153 | .588 | 0/0 | 90/153 | 7 | 3 | 0 |
| 2018-19 | 24 | 50/89 | .562 | 0/0 | 50/89 | 5 | 3 | 0 | |
| 2019-20 | 15 | 28/57 | .491 | 0/0 | 28/57 | 1 | 1 | 0 | |
| 2020-21 | 16 | 38/59 | .644 | 1/1 | 39/60 | 0 | 1 | 0 | |
| 2021-22 | 15 | 3/5 | .600 | 0/0 | 3/5 | 0 | 0 | 0 | |
| 2022-23 | 20 | 18/43 | .419 | 1/1 | 19/44 | 0 | 1 | 0 | |
- 各年度の太字はリーグ最高
- 2007-08年シーズン以前の成績はランニングスコアが公開されていないため省略
通算成績
| JHL:25年 | フィールド 得点 |
率 | 7m | 合計 |
|---|---|---|---|---|
| 1425/2487 | .573 | 230/295 | 1655/2782 |
- 2022-23年シーズン終了時点
- 太字はリーグ最高
- 2部在籍の2シーズンは除く
タイトル・表彰
日本ハンドボールリーグ
- 最優秀選手賞:3回 (1999年・2005年・2006年)
- ベストセブン賞:11回 (1994年・1995年・1997年・1998年・1999年・2002年・2003年・2004年・2005年・2006年・2007年)
- 得点王:4回 (1994年・1995年・1999年・2005年)
- フィールド得点賞:2回 (1995年・1999年)
- シュート率賞:1回 (2005年)
- 7mスロー得点賞:3回 (1994年・1995年・1999年)
- 特別表彰・通算1500得点達成 (2017年)
- 特別賞 (2023年)
- 功労賞 (2023年)
記録
- 通算500得点:1999年9月15日、対北國銀行戦(豊島体育館)[11]
- 通算600得点:2003年1月25日、対広島メイプルレッズ戦(ブラザー工業体育館)※史上2人目[12][13]
- 通算700得点:2003年12月13日、対オムロン戦(ソニーセミコンダクタ九州株式会社体育館)※史上初[14]
- 通算800得点:2005年1月30日、対オムロン戦(出水市総合体育館)※史上初[15]
- 通算900得点:2006年2月26日、対オムロン戦(水俣市立総合体育館)※史上初[16]
- 通算1000得点:2007年2月3日、対HC名古屋戦(霧島市国分体育館)※史上初[17]
- 通算1100得点:2009年11月1日、対HC名古屋戦(神埼中央公園体育館)※史上初[18]
- 通算1200得点:2012年1月14日、対三重バイオレットアイリス戦(山鹿市総合体育館)※史上初[19]
- 通算1300得点:2013年9月29日、対飛騨高山ブラックブルズ岐阜戦(ヒマラヤアリーナ)※史上初[20]
- 通算1400得点:2016年1月17日、対HC名古屋戦(霧島市国分体育館)※史上初[21]
- 通算1500得点:2018年2月25日、対北國銀行戦(小松総合体育館)※史上初[22]
- 通算1600得点:2020年10月11日、対北國銀行戦(金岡公園体育館)※史上初[23]
指導歴
- 大阪ラヴィッツ 選手兼任ヘッドコーチ (2016年 - 2023年)
- 大阪ラヴィッツ ヘッドコーチ (2023年 - 2025年)
- イズミメイプルレッズ広島 コーチ (2025年 - )