6歳から書道を学ぶ。双子の兄弟がライバルとなり、幼少の頃から書を競い合う。鹿児島県立鹿児島中央高等学校在学中、書道の担任から「お前なら書道で食べていける」と言われたことがきっかけで書家になることを意識しはじめ、大東文化大学文学部中国文学科へ進学、 高木聖雨に師事する。在学中1999年 - 2001年の3年連続で読売書法展「秀逸」受賞、2002年「特選」、2003年「奨励賞」を受賞。2002年に謙慎書道会展「謙慎賞」受賞。また、2002年 - 2003年に全日本高校大学書道展最高賞「大賞」受賞(史上初の2年連続受賞)と多くの賞を受賞。大学卒業後に書道団体やアートギャラリーにも所属したが、自身が考える自己表現をさらに追求するため、2006年に独立し、東京・目黒にアトリエ兼書道教室studio issai (スタジオ・イッサイ)を開設する。書道の指導とアーティストの活動を併行して行い、2007年から個展とstudio issaiの生徒展を継続的に開催している。2012年成田国際空港NAAギャラリーでの個展をきっかけに国外にも活動の幅を広げ、2012年国際アートフェアLINE ART(ベルギー)、2013年NY ART EXPO(ニューヨーク)出品、2016年に国際アートフェアLA Art Show出品および日本人初の書パフォーマンス実演(ロサンゼルス)をする。2017年に故郷鹿児島県で個展開催、デルタ航空(Delta Airlines,Inc.)が保有するラウンジ「デルタスカイクラブ」のコレクション入りし、現在も成田空港第一ターミナルデルタスカイクラブ成田で作品「旅立ち]」が展示されている。他にもギャラリー所属時に制作した作品「flight in the night」もエクセル東急羽田ラウンジ内に展示されている。やわらかな線質の漢字作品に定評を持つ実力派として企業への作品提供、メディアやパブリシティに出演するなど幅広く活動している。
2016年のロサンゼルスのアートフェア LA Art Showで、日本人アーティストとして初となるライブパフォーマンスを行った。ショーとして作り込まれたものではなく、書家がアトリエで作品を生み出す静謐な空間と時間そのものを鑑賞者と共有するというコンセプトに基づいたパフォーマンスは、喝采を浴び、現地でも大きく報道された。特にロサンゼルスでのパフォーマンスにおいては、あえて「糞」という一文字を揮毫し、文字に張り付いている固定観念を超えて、文字の造形としての美しさを訴えた。文字を文字表現としてしか捉えない既存の書道の概念を超えるという田中逸齋の挑戦の一つである。