田代町 (名古屋市)

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郵便番号
464-0053(字岩谷)
464-0023(字鹿子殿)
464-0803(字瓶杁)
464-0052(字四観音道西)
464-0051(字四観音道東)
464-0054(字蝮池上)[WEB 3]
田代町
東山公園
東山公園
田代町の位置(愛知県内)
田代町
田代町
田代町の位置
田代町の位置(名古屋市内)
田代町
田代町
田代町 (名古屋市)
北緯35度10分20.33秒 東経136度57分0.71秒 / 北緯35.1723139度 東経136.9501972度 / 35.1723139; 136.9501972
日本の旗 日本
都道府県 愛知県
市町村 名古屋市
千種区
町名制定[1] 1921年大正10年)8月22日
面積
  合計 1.307826656 km2
人口
2019年(平成31年)1月1日現在)[WEB 2]
  合計 1,293人
  密度 990人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
464-0053(字岩谷)
464-0023(字鹿子殿)
464-0803(字瓶杁)
464-0052(字四観音道西)
464-0051(字四観音道東)
464-0054(字蝮池上)[WEB 3]
市外局番 052 (名古屋MA)[WEB 4]
ナンバープレート 名古屋
テンプレートを表示

田代町(たしろちょう)は、愛知県名古屋市千種区の地名。住居表示未実施[WEB 5]。11の小字が設置されている。

字一覧

名古屋市千種区の中央部から南東部に位置し、中央部の字岩谷・四観音道西・四観音道東・姫ケ池上・蝮池上の地域と、南東部の字鹿子殿・瓶杁の地域の2つに分かれている。

田代町の小字は以下の通り[WEB 6]。消滅した字については背景色    で示す。

池下(いけした)稲葉下(いなばした)
岩谷(いわや)[注釈 1]牛毛(うしけ)
大塚(おおつか)大坂(おさか)
御棚妻(おたなつま)鹿子殿(かのこでん)[注釈 2]
金児硲(かねこはさま)[注釈 3]瓶杁(かめいり)
烏金(からすがね)唐山(からやま)
北畑(きたはた)楠(くす)
首利(くびり)小川(こがわ)
北山(きたやま)北山前(きたやままえ)
小坂下(こさかした)三本松(さんぼんまつ)
四観音道西(しかんのんみちにし)四観音道東(しかんのんみちひがし)
城山(しろやま)新池(しんいけ)
竹ノ下(たけのした)月見坂(つきみざか)[注釈 4]
砥ヶ硲(とがはさま)仲田(なかだ)
流レ(ながれ)西田面(にしだおも)
西畑(にしばた)八反田(はったんだ)
東畑(ひがしばた)東屋敷(ひがしやしき)
姫ケ池上(ひめがいけかみ)[注釈 5]姫ノ池下(ひめのいけしも)
二ツ池(ふたついけ)堀割(ほりわり)
本山(ほんやま)前田(まえだ)
蝮池上(まむしがいけがみ)[注釈 6]南田面(みなみだおも)
村内(むらうち)安田(やすだ)
山崎(やまざき)山下(やました)
四ツ谷(よつや)

歴史

町名の由来

田を作るために開墾した土地であることを示す地名であるという[2]

沿革


世帯数と人口

2019年(平成31年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 2]

町丁世帯数人口
田代町 697世帯 1,293人

人口の変遷

国勢調査による人口の推移

2000年(平成12年) 2,326人[WEB 8]
2005年(平成17年) 1,271人[WEB 9]
2010年(平成22年) 1,299人[WEB 10]
2015年(平成27年) 1,356人[WEB 11]

学区

市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 12]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 13]

字名小学校中学校高等学校
蝮池上名古屋市立高見小学校名古屋市立若水中学校尾張学区
岩谷
四観音道西名古屋市立高見小学校
名古屋市立田代小学校
名古屋市立若水中学校
名古屋市立城山中学校
四観音道東名古屋市立田代小学校名古屋市立城山中学校
鹿子殿名古屋市立東山小学校名古屋市立東星中学校
瓶入名古屋市立星ケ丘小学校

施設

About OpenStreetMaps
Maps: terms of use
750 m
4
3
2
1
略地図
1
字瓶杁
2
字鹿子殿
3
東山公園
4
名古屋市千種図書館

字瓶杁

名前の由来は、東山古窯址群の陶片の出土。[要出典]

字瓶杁1-50に所在[13]。名古屋市の運営による公立のユースホステルであり、1968年(昭和43年)4月に建設[WEB 14]。利用率の低下、耐震補強工事に多額の費用が必要となったこともあり、2006年(平成18年)をもって閉館となった[WEB 14]
About OpenStreetMaps
Maps: terms of use
300 m
6
5
4
3
2
1
略地図
1
字岩谷
2
字四観音道東
3
字四観音道西
4
字蝮池上
5
字姫ヶ池上
6
山神社

字岩谷

  • 山神社

字四観音道東

  • メゾン覚王山月宮殿

字四観音道西

字姫ヶ池上

  • 放生池(跡)
江戸時代には「西どろあき池」「西源蔵池」「上姫ケ池」とも称された農業用の溜池であったが、付近に覚王山日泰寺ができたことにより、日泰寺の参拝者がコイやカメを放つことで功徳を得ようとする池へと変貌し、放生池と呼ばれるようになったとされる[15]。東山公園が開園するまでは景勝地として盛んに人を集めたというが、付近の開発により徐々に埋め立てられ、人家の汚水を集めるようになると水質も悪化したことから、1982年(昭和57年)秋に埋め立てられ、消滅[16]。跡地は駐車場として使用されることとなった[17]。以後は姫ケ池通一丁目交差点北西角付近に残された「殺生禁断 放生池」と刻まれた高さ約2メートルの石碑の存在が、当地にかつて池があったことを示しているのみである[18]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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