田向正健
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東京都立深川高等学校を経て1961年に明治大学文学部卒業後、松竹大船撮影所に助監督として入社。1969年に、映画『とめてくれるな、おっ母さん』で脚本・監督を務める。同年木下惠介プロに移籍し、それ以後は脚本家の道を歩む。同期の助監督でのちに作家となった小林久三は、著書で鋭い理論家として仲間に一目置かれていた若き日の田向に触れている[1]。
1976年、NHK連続テレビ小説『雲のじゅうたん』がヒット。テレビ転進後は映画とはほぼ縁を切っているが、第一線テレビ脚本家としては希少な大手撮影所での助監督・監督経験者であり、連続テレビ小説史上初の青年男性主役で話題になった『ロマンス』では草創期の日本映画界を熱く描いている。
1987年、『橋の上においでよ』で第6回向田邦子賞受賞[2]。
1988年、NHK大河ドラマ『武田信玄』を大ヒットさせ、大河史上2位の平均視聴率を上げた。その後も、2本の大河ドラマを執筆している。
同世代の脚本家である(もと松竹の同僚でもある)山田太一との交流が深い。山田は、刺激を受けた脚本家として倉本聰と向田邦子、田向の名を挙げている[3]。