田坂敬三郎
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経歴
1935年(昭和10年)に早稲田大学を卒業。1947年(昭和22年)4月に今治市議会議員に初当選[2]。2期目には今治市議会の副議長を務めた[2]。
今治市長
1954年(昭和29年)1月に行われた今治市長選挙に立候補し、稲本早苗、山沢和三郎、福島照一を破り初当選[2]。田坂は当時で42歳であり、若き市長の誕生となった[2]。
1958年(昭和33年)1月の今治市長選挙では無投票当選し、再選[3]。1962年(昭和37年)1月の今治市長選挙では3選を目指して立候補したが、羽藤栄市に破れ落選した[3]。
市政
退任後
造船会社の社長などを経て、1982年(昭和57年)7月から1996年(平成8年)2月にまで今治福祉施設協会理事長、1983年(昭和58年)1月から1996年(平成8年)まで今治市社会福祉協議会会長を務めた[4]。今治育成園の受託管理、今治療護園の設置などを進め、今治市総合福祉センター建設にも尽力した[4]。
栄典・栄誉
親族
- 田坂庄三郎(父)