田家 (新潟市)
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田家 | |
|---|---|
| 北緯37度47分20.04秒 東経139度7分27.88秒 / 北緯37.7889000度 東経139.1244111度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 区 | ■ 秋葉区 |
| 人口 | |
| • 合計 | 1,451人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
956-0836[2] |
| 市外局番 | 0250 (新津MA)[3] |
| ナンバープレート | 新潟 |
| ※大字の人口等に秘匿がある為、秘匿ない区域のみ人口等加算されています。 | |
田家(たい)は、新潟県新潟市秋葉区の町字。現行行政地名は田家一丁目から田家三丁目と大字田家。住居表示は一丁目から三丁目が実施済み区域、大字が未実施区域[4]。郵便番号は956-0836[2]。
隣接する町字
歴史
丘陵の東麓に平安時代の窯跡があり、南東端の能代川に「天文2年の創設」という一之堰がある他、1718年(享保3年)の記録に村名が残る[5]。
慶長年間から南東の山間に石油が涌出して採油され、享保年間頃から北西の丘陵地で茶の栽培が行われた[5]。
明治20年代から丘陵山間地で石油採掘が盛んとなり、能代川沿岸に製油所が林立して新津油田の中心となったが、昭和初期に衰えた。また、石油業の盛行とともに茶業は衰退した[5]。
分立した町字
1889年(明治22年)以後に、以下の町字が分立。
- 中沢町(なかざわちょう)
- 1968年(昭和43年)に分立した町字[6]。
- 秋葉(あきは)
- 1968年(昭和43年)に分立した町字[7]。
- 滝谷町(たきやちょう)
- 1957年(昭和32年)に分立した町字[8]。
- 草水町(くそうずちょう)
- 1957年(昭和32年)に分立した町字[9]。
- 吉岡町(よしおかちょう)
- 1970年(昭和45年)に分立した町字[10]。
- 新津緑町(にいつみどりまち)
- 1975年(昭和50年)に分立した町字[11]。
年表
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12]。
| 大字・丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 田家 | 2354番地1 7796番地 7842番地 | 新潟市立新津第一小学校 | 新潟市立新津第一中学校 |
| 田家一丁目 | 全域 | ||
| 田家二丁目 | 1番2号~17番31号 17番36号~22番15号 | ||
| 17番32号 | 新潟市立金津小学校 | 新潟市立金津中学校 | |
| 田家三丁目 | 全域 | 新潟市立新津第一小学校 | 新潟市立新津第一中学校 |
主な企業・施設
- 新津田家郵便局
- 新津カントリークラブ