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田山雅充

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生誕 (1948-12-02) 1948年12月2日(77歳)
出身地 日本の旗 日本・東京都目黒区
学歴

都立深沢高等学校卒業

日本大学芸術学部写真学科中退
田山雅充
生誕 (1948-12-02) 1948年12月2日(77歳)
出身地 日本の旗 日本・東京都目黒区
学歴

都立深沢高等学校卒業

日本大学芸術学部写真学科中退

田山 雅充(たやま まさみつ[1]、1948年12月2日[2][1][3] - )は、日本のフォークシンガー・シンガーソングライター・作曲家。

生い立ち

東京都目黒区出身[1]。幼少時代、テレビドラマ(乙羽信子主演『ママちょっと来て』、『独眼竜政宗』他)、映画『モスラ』に子役で出演。子役になったのは、東宝児童劇団の新聞折込がきっかけであったが、同劇団は実際には東宝とは関係がなく『モスラ』の撮影後に遁走したため、田山にはギャラが支払われなかったという[1]。

中学生の時から柔道を始め、大学生の時には柔道三段の段位をとっていた[2]。柔道をしていた時は体重110kgの巨体だったが、歌手デビューした時には75kgに減っている[2]。

高校生の時にエレキバンドを結成し、ドラムとボーカルを務める[2]。若い頃、新しいドラムセットが欲しく、賞金目当てで[2]、浜口庫之助が審査員を務めるフジテレビの「勝抜きのど自慢」に出演[2]。自作の曲『夏の夕日』をギターの弾き語りで歌って3週勝ち抜き、賞金を獲得した[2]。それが縁となり浜口に師事、作曲を学ぶ[1]。その間、浜口が手がけたにしきのあきららに作品も提供した。

後に作詞家・千家和也の事務所に招かれ、演歌の作曲も手がけるようになる。おさだたいじに『妻あるあなたに』(1972年)という楽曲を提供する。

歌手デビュー

歌手デビューは1974年、コーラスグループ「赤い花」のメインボーカリストとして、当時の資生堂キャンペーンソング『赤い花みつけた』(ポール・ウィリアムズの作品の日本語訳詞曲)をキャニオンレコード(現ポニーキャニオン)からリリース[注釈 1]。そのB面の『今愛の中で』(中里綴・作詞)では作曲を手掛けた。またこのグループには新生五つの赤い風船メンバーでもある青木まり子も在籍。

その後、同じキャニオンレードより男女デュオ「たやまと夕子」でシングル『雨の交差点』、アルバム『暮れそで暮れない黄昏どきは』をリリース。このアルバムがCBSソニーの当時のディレクターだった酒井政利が注目。このアルバムに収録されていた曲『人恋しくて』が南沙織のシングル曲ともなり[注釈 2]、この曲は1975年の第17回日本レコード大賞歌唱賞受賞曲となった。

田山自身のソロ・歌手としてのデビュー曲は、『春うらら』(1976年)に決定。この『春うらら』は当時数多くあった音楽祭(TBS『東京音楽祭』、文化放送『新宿音楽祭』、ニッポン放送『銀座音楽祭』、FM東京『FMリスナーズ・グランプリ』)の受賞曲に、それぞれ選出される。特にその当時TBSが主催していた「第5回東京音楽祭世界大会」では、「THE BEST JAPANESE ARTIST(外国審査員団賞)」を受賞した[注釈 3]。

3枚目のシングル『愛することから始めてみませんか』は、この1976年当時TBSテレビで放送されていた「白い秘密」(田宮二郎主演、片平なぎさの女優転向第一作作品)の主題歌となった。

作曲家として

ほか田山は自ら作曲家として南沙織の『人恋しくて』、『気がむけば電話して』(1976年)を筆頭に、太田裕美・アグネスチャン・小林麻美・中森明菜・芹洋子・狩人・荒川務・塚田三喜夫など、沢山の歌手に作品が提供されることとなる。

また、作曲家としてTBSのアニメ番組「まんが日本絵巻」(1977年)の主題歌『なんじゃらもんじゃら』、NHKの音楽番組「歌はともだち」の主題歌『なにしてる』(田中星児)の他、NHK「おかあさんといっしょ」の童謡(「おおきなくちあけて」「わらいごえっていいな」「きめたきめた」「ムギューだいすき」など多数)も手掛けた。

TVのCM曲では武田薬品工業「アリナミンA」や阪急百貨店、亀田製菓など多数を手掛け、自ら歌った曲がオンエアされた。演劇・映画界においても、石橋蓮司・緑魔子率いる劇団「第7病棟」では、その前身である劇団「桜社」設立から現在に至るまで音楽プロデューサーを務め、同劇団の直近作の2000年公演「雨の塔」でも劇中歌など全曲を作曲・プロデュース。1970年には緑魔子主演・東陽一監督の映画「やさしいにっぽん人」(東プロ)の音楽を担当している。

歌手活動再開など

1977年には「NHKフォーク・フェスティバル」に“時代を象徴するミュージシャン4名”に選出され出演。共演はハイファイセット、大橋純子、松任谷由実。当日の模様はテレビ・FMでも放映された。また1976 - 1978年にかけては、ラジオ関東(現アール・エフ・ラジオ日本)の深夜番組「真夜中のコーヒーブレイク」のパーソナリティーを作詞家の中里綴と共に務めていた。また1981年1~3月の3か月間、NHK・クイズ番組「連想ゲーム」のレギュラー解答者(5枠)で出演していた時期もある[注釈 4]。

しかし、その後、所属レコード会社制作サイド内での覇権争いの犠牲となり、制作の完成したアルバム発売が見送られたり、担当プロデューサーが刑事事件[注釈 5]を起すなど不運が度重なった[5]。結果、1980年代以降、表舞台では姿を見る機会が殆どなくなっていた。

そのような中でも、劇団第7病棟女優の田所陽子との“作詞(田所)作曲(田山)ユニット「HIP」”の自主制作アルバムをリリース(1989年)するなど、地道な創作活動は継続。引き続きNHK「おかあさんといっしょ」への作品提供も行われていた。

そして2004年、歌手活動再開を決意。旧友のミュージシャン濱田金吾(元クラフト)らの音楽的支援を受け、活動を再開。東京・名古屋・沖縄(石垣島)などで定期的にライブ活動を行っている[6]。

2005年、そのライブ会場(第1回銀座モナリザライブ)で、田山は「春うらら」の作詞者である最首としみつと20数年振りに再会。それ以降、二人による新作がライブでも発表されている。その新作のひとつである「カラス」は青木まり子のニューアルバムにも収録されている。

現在

2015年より徳島県美馬市脇町の古民家に移住。近在のアマチュアミュージシャンに呼びかけ、当地の史跡「うだつの町並」で毎日曜日にストリートライブのプロデュースを開始[注釈 6][7]。

自宅で妻が起業したシフォンケーキ店(焼菓子工房ムギュー)を手伝う傍ら、自らも作詞・作曲・ギター・ボーカル等を教える「シンガーソングライター・田山塾」を開講。一方で「チューリップ祭」「ひな祭り」「そばの花まつり」等の祭りや、市の観光交流センター開所式等、地域の催事に出演。

また「美馬フォークジャンボリー」[8]「アエルワロビーコンサート」「パパラギライブ」等近隣ミュージシャン主催のライブに多数参加。2016年には熊本地震支援チャリティーの複数のイベントにも参加するなど精力的に活動を続けている。

ディスコグラフィー

シングル

発売日 面 タイトル 作詞 作曲 編曲 規格 規格品番
キャニオンレコード
1976年2月26日 A 春うらら 最首としみつ

補:中里綴

田山雅充 船山基紀 EP A-296
B お嫁に行くんだってね 中里綴 田山雅充
1976年6月 A 嗚呼 最首としみつ 田山雅充 船山基紀 C-8
B 小さな会話 中里綴
1976年10月25日 A 愛することから始めてみませんか[注釈 7][注釈 8] 中里綴 田山雅充 船山基紀 C-26
B 淋しい夜だから
1977年7月 A 紅葉 中里綴 田山雅充 田山雅充 C-59
B 姫スイレン 松井忠重
1977年11月 A 夢うつつ 最首としみつ 田山雅充 松井忠重 C-75
B 冬枯れの街 中里綴 田山雅充
1978年9月 A 夜露 中里綴 田山雅充 船山基紀 F-218
B 1と1/2の人生
1979年5月 A 巡恋譜 中里綴 田山雅充 松井忠重 F-234
B 海
ワーナー・パイオニア
1982年9月 A てるてる坊主 中里綴 田山雅充 松井忠重 EP L-1609
B こぼれ松葉 吉田正美

アルバム

発売日 アルバム 規格 規格品番
1976年3月25日 風裸風裸-春うらら

※ 作曲・唄・田山雅充

面 No. タイトル 作詞 編曲
A 1 春うらら 中里綴 田山雅充
2 写真 中里綴 船山基紀
3 この愛にすべてを 田山雅充 萩田光雄
4 お嫁にいくんだってね 中里綴 田山雅充
5 人恋しくて 中里綴 田山雅充
6 流れて行きたい 最首としみつ 馬飼野康二
B 1 ふらふら 中里綴 松井忠重
2 夏の終りに 中里綴 松井忠重
3 コーヒーブレイク 最首としみつ 田山雅充
4 深刻振るのはらしくない 中里綴 水谷公生
5 プロポーズ 中里綴 松井忠重
LP C-3066[注釈 9]
1990年10月21日 CD PCCA-00153
1976年9月 風裸風裸-嗚呼

※ 作曲・唄・田山雅充

面 No. タイトル 作詞 編曲
A 1 アメリカンコーヒー 田山雅充 田山雅充
2 過去へは戻れない 中里綴 田山雅充
3 雨ふり 最首としみつ 船山基紀
4 古いアコーディオン 中里綴 田山雅充
5 二人だけの誓い 中里綴 田山雅充
6 ハッピーエンド 藤沢淳 田山雅充
B 1 鳴呼 最首としみつ 船山基紀
2 おとずれ 最首としみつ 田山雅充
3 三年目にきた別れ 中里綴 船山基紀
4 小さな会話 中里綴 船山基紀
5 女ってやつは 中里綴 田山雅充
6 愛の幕開け 中里綴 田山雅充
LP AF-6001
1977年5月 紅葉-風裸風裸

※ 作曲・唄・田山雅充

面 No. タイトル 作詞 編曲
A 1 今夜あたりは 中里綴 田山雅充
2 さよならの一言 中里綴 田山雅充
3 手まくら 中里綴 田山雅充
4 久し振り 中里綴 田山雅充
5 あなたは夕陽を見ましたか 中里綴 田山雅充
6 いつまでも 田山雅充 田山雅充
B 1 紅葉 中里綴 松井忠重
2 姫スイレン 中里綴 松井忠重
3 北に住む友へ 最首としみつ 松井忠重
4 桃の花酒 中里綴 松井忠重
5 モノローグ 中里綴 松井忠重
6 旅に出たい 中里綴 田山雅充
LP AF-6017
風に乗って・・・HIP

※ 作曲・唄・田山雅充

  1. 道標(みちしるべ)
  2. あなたを求めて
  3. 心の綱
  4. 今
  5. アネモネ
  6. あたしは風よ
  7. あるがままに
  8. 月夜
  9. 冬の蝶
  10. 告白
CD 自主制作

楽曲提供

俳優

映画

テレビドラマ

脚注

参考文献

外部リンク

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