田川啓二

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田川 啓二(たがわ けいじ、1959年 - )は、東京都港区[要出典]出身[1]実業家ビーズ刺繍デザイナー。株式会社チリア代表取締役、公益財団法人黒栁徹子記念財団 代表理事、黒柳徹子マネージャー[2]

少年時代、母親の趣味であったフランス刺繡に関心を持つ。明治大学法学部法律学科卒業後、レナウンルックに就職、営業職に就いた。在職中はエスモードジャポン夜間コースで学び、レナウンルックを2年で退職。「ジャン・クロード・ジトロワ」(Jean-Claude Jitrois)に転職し、扱う製品に使用されているオートクチュール刺繍の奥深さを知り感銘を受ける[3]

ジトロワの仕事で南フランスで行なわれたショーに買い付けに出向いた際、席が隣り合った縁でインドで刺繍工場を経営している女性実業家と知り合い、「自社製品を日本に売り込みたいのでアテンドしてくれないか」と依頼され、日本のアパレル会社にインド刺繍の営業、テキスタイルやパターン、デザインを提案するエージェントとして起業することを決意する[3]

1989年、株式会社「チリア」を設立、代表取締役に就任[1]。社名の「チリア」はヒンディー語で「小鳥」を意味する[3]。ビーズ刺繍は、インドのニューデリームンバイデリーの職人に発注して製作。1996年品川区西五反田に刺繡教室「チリアエンブロイダリースタジオ」開講。2000年に自身初の個展「田川啓二の世界オートクチュールビーズ刺繍展」を開催。2005年にはジュエリーブランド、2009年にはプレタポルテブランドを立ち上げる。

2013年にハワイのワイキキにカフェ&ショップをオープン[4][5]

2016年4月、文化学園大学特任教授に就任。

2023年4月28日、栃木県那須郡那須町に『田川啓二美術館』を開館[3][6]

人物

  • 曾祖父・田川大吉郎日中関係改善に尽力した政治家。祖母・田川イクは東洋紡社長の庄司乙吉の娘[7]
  • 2人兄弟の次男。兄の雅一は事業家でありグラフィックデザイナーであった(2017年死去)。曾祖父、祖父、父は繊維業界で仕事をしていたこともあり、幼少期からスワッチと呼ばれる生地のサンプルを集めた素材見本に触れて遊んでいたという。
  • 趣味はガーデニング料理、着物やブリキ製玩具のコレクションなどである。バラ育種家・河本純子から2010年の新作バラを贈られ、「クチュールローズ・チリア」と命名。
  • ゴッホモネらの著名な絵画のビーズ刺繡による模写や、『不思議の国のアリス』の世界を再現した作品などを手がける。
  • 日本には刺繍に特化した美術館が無いに等しいことから、自ら私設美術館を作ることを決意した。ゼロから施工することは資金面なども難しいと考えたため美術館専門中古物件を探し、ようやく栃木県那須郡にある物件と巡り会えた。少々改修工事を行い、2023年4月に開館した。また、オープンするにあたり学芸員の資格を取得した[6]
黒柳徹子との関係

2002年2月21日に黒柳徹子の番組「徹子の部屋」に出演したことをきっかけに意気投合し、その後、黒柳から衣装オーダーメイドを受けて制作したことから懇意になる。他の衣装のコーディネートやプロデュース、管理も担っている[8]。2016年頃より黒柳の個人事務所のマネジメント業務を兼任しているが、あくまで“副業”である[6]。田川が所有する軽井沢の別荘には徹子のための部屋も設けられている[9]

出演

著書

出典

外部リンク

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