田川啓二
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少年時代、母親の趣味であったフランス刺繡に関心を持つ。明治大学法学部法律学科卒業後、レナウンルックに就職、営業職に就いた。在職中はエスモードジャポン夜間コースで学び、レナウンルックを2年で退職。「ジャン・クロード・ジトロワ」(Jean-Claude Jitrois)に転職し、扱う製品に使用されているオートクチュール刺繍の奥深さを知り感銘を受ける[3]。
ジトロワの仕事で南フランスで行なわれたショーに買い付けに出向いた際、席が隣り合った縁でインドで刺繍工場を経営している女性実業家と知り合い、「自社製品を日本に売り込みたいのでアテンドしてくれないか」と依頼され、日本のアパレル会社にインド刺繍の営業、テキスタイルやパターン、デザインを提案するエージェントとして起業することを決意する[3]。
1989年、株式会社「チリア」を設立、代表取締役に就任[1]。社名の「チリア」はヒンディー語で「小鳥」を意味する[3]。ビーズ刺繍は、インドのニューデリー、ムンバイやデリーの職人に発注して製作。1996年、品川区西五反田に刺繡教室「チリアエンブロイダリースタジオ」開講。2000年に自身初の個展「田川啓二の世界オートクチュールビーズ刺繍展」を開催。2005年にはジュエリーブランド、2009年にはプレタポルテブランドを立ち上げる。
2013年にハワイのワイキキにカフェ&ショップをオープン[4][5]。
2016年4月、文化学園大学特任教授に就任。
人物
- 曾祖父・田川大吉郎は日中関係改善に尽力した政治家。祖母・田川イクは東洋紡社長の庄司乙吉の娘[7]。
- 2人兄弟の次男。兄の雅一は事業家でありグラフィックデザイナーであった(2017年死去)。曾祖父、祖父、父は繊維業界で仕事をしていたこともあり、幼少期からスワッチと呼ばれる生地のサンプルを集めた素材見本に触れて遊んでいたという。
- 趣味はガーデニング、料理、着物やブリキ製玩具のコレクションなどである。バラ育種家・河本純子から2010年の新作バラを贈られ、「クチュールローズ・チリア」と命名。
- ゴッホやモネらの著名な絵画のビーズ刺繡による模写や、『不思議の国のアリス』の世界を再現した作品などを手がける。
- 日本には刺繍に特化した美術館が無いに等しいことから、自ら私設美術館を作ることを決意した。ゼロから施工することは資金面なども難しいと考えたため美術館専門中古物件を探し、ようやく栃木県那須郡にある物件と巡り会えた。少々改修工事を行い、2023年4月に開館した。また、オープンするにあたり学芸員の資格を取得した[6]。
- 黒柳徹子との関係
2002年2月21日に黒柳徹子の番組「徹子の部屋」に出演したことをきっかけに意気投合し、その後、黒柳から衣装のオーダーメイドを受けて制作したことから懇意になる。他の衣装のコーディネートやプロデュース、管理も担っている[8]。2016年頃より黒柳の個人事務所のマネジメント業務を兼任しているが、あくまで“副業”である[6]。田川が所有する軽井沢の別荘には徹子のための部屋も設けられている[9]。
出演
- おしゃれ工房(2001年12月、2002年6月、2003年9月・12月、2006年3月、2007年12月、2009年2月・5月、NHK教育(NHK Eテレ))
- 徹子の部屋(2002年2月21日、2008年9月2日、2017年8月2日、2018年9月25日、2025年5月14日、テレビ朝日)
- 日曜スタジオパーク「ビーズの魅力にえビーズ顔」(2004年1月18日、NHK)[10]
- 開運!なんでも鑑定団(2004年12月14日、テレビ東京)[11]
- すてきにハンドメイド「田川啓二のときめきビーズ『バラのバッグチャーム』」(2009年11月3日、NHK Eテレ)[12]
- 木梨目線! 憲sunのHAWAII 第3回「COORDINATE & SCHOOL」(2013年1月1日、BSフジ) - 「Tilia Exquisite Aloha」ロケの際出演[13]
- SWITCHインタビュー 達人達「フジコ・ヘミング× 田川啓二 」(2018年6月23日、Eテレ)[14]
- オー!マイゴッド!私だけの神様、教えます(2024年11月16日、日本テレビ)[15]