畑野実 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 東京都生年月日 (1949-09-23) 1949年9月23日(75歳)身長体重 177 cm76 kg畑野 実基本情報国籍 日本出身地 東京都生年月日 (1949-09-23) 1949年9月23日(75歳)身長体重 177 cm76 kg選手情報投球・打席 右投右打ポジション 内野手プロ入り 1971年 ドラフト3位初出場 1972年9月30日最終出場 1974年10月1日経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 日本大学第三高等学校 日本大学 阪急ブレーブス (1972 - 1974) この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 畑野 実(はたの みのる、1949年9月23日 - )は、東京都出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手。 日大三高では、高校同期の古賀正明、柴田民男両投手を擁し、2年生の時から三塁手として活躍。1966年の春季東京大会準決勝に進むが、日大一高の保谷俊夫、桜井憲の継投に抑えられ敗退。同年夏の甲子園東京都予選では決勝進出を果たし、修徳高と対決。古賀が先発するが、辻正孝に本塁打を喫するなど乱戦の末に7-9で惜敗。翌1967年夏も都予選準決勝で依田優一が四番打者であった堀越高に敗れ、甲子園出場はならなかった。 卒業後は柴田とともに日本大学へ進学。東都大学野球リーグでは三塁手、三番打者として中沢邦男らと打線の主軸となり、1971年秋季リーグの優勝に貢献。同年の明治神宮野球大会でもエース山本和行を擁する亜大を降し初優勝。 1971年ドラフト会議で阪急ブレーブスから3位指名を受け入団。1972年にはジュニアオールスターにも選出されるが、一軍出場は通算2試合だけで、1974年に引退した。 1974年の背番号は49であったが、この番号は球団設立以来空き番が続いており、39年目にして初めての49の着用であった。 詳細情報 年度別打撃成績 年度球団試合打席打数得点安打二塁打三塁打本塁打塁打打点盗塁盗塁死犠打犠飛四球敬遠死球三振併殺打打率出塁率長打率OPS 1972 阪急 1110000000000000010.000.000.000.000 1974 1110000000000000001.000.000.000.000 通算:2年 2220000000000000011.000.000.000.000 背番号 28 (1972年 - 1973年) 49 (1974年) 関連項目 東京都出身の人物一覧 オリックス・バファローズの選手一覧 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。表示編集 表話編歴阪急ブレーブス - 1971年ドラフト指名選手指名選手 1位:渡辺弘基 2位:佐藤昭夫 3位:畑野実 4位:ケネス・ハワード・ライト 5位:内堀敏幸(入団拒否) 6位:渡辺守 Related Articles