1642年(寛永19年):黒田忠之(2代目)の時代に、唐津街道の赤間宿と青柳宿の間に、鳥巣村(とりのすむら)と元木村(もとぎむら)の一部の住民を強制移住させて畦町宿が誕生する。
1800年(寛政12年):総戸数110戸、人数482人であったという記録が残っている。
1872年(明治5年):本陣が撤廃されると同時に畦町宿も廃止された。
1890年(明治23年):現在の鹿児島本線が開通し畦町宿はかつての賑を更に失った
1889年(明治22年)4月1日 - 宗像郡内殿村、上西郷村、畦町村、本木村、舎利蔵村が合併して村制施行し、上西郷村が設立され、畦町村は廃止された。