白山神社 (土岐市泉中窯町)

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所在地 岐阜県土岐市泉中窯町1丁目38番地
位置 北緯35度22分9.7秒 東経137度11分16.4秒 / 北緯35.369361度 東経137.187889度 / 35.369361; 137.187889
主祭神 菊理姫命
社格 金幣社(旧・村社
白山神社


拝 殿


一の鳥居
所在地 岐阜県土岐市泉中窯町1丁目38番地
位置 北緯35度22分9.7秒 東経137度11分16.4秒 / 北緯35.369361度 東経137.187889度 / 35.369361; 137.187889
主祭神 菊理姫命
社格 金幣社(旧・村社
創建 貞享3年(1686年)再建
主な神事 人形昇天祭、茅の輪くぐり、秋の例大祭歳旦祭左義長祭、初午祭
地図
土岐市 金幣社 白山神社の位置(岐阜県内)
土岐市 金幣社 白山神社
土岐市 金幣社 白山神社
土岐市 金幣社 白山神社 (岐阜県)
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白山神社(はくさんじんじゃ)は、岐阜県土岐市泉町の大富(おおとみ)地区内の泉中窯町(いずみなかがまちょう)1丁目に鎮座する神社金幣社)。通称「大富白山神社」。

祭神
副祭神
末社

由緒

美濃国神名帳』の土岐郡の項に、帳内社として従五位下高田明神が祀られていたとされる[1]

大富の地はその昔、高田勅使田(たかだてしでん)と言われ、朝廷直轄の地であった。

清和源氏の直系である土岐頼貞は、美濃守護の任を受け、この神社の近くの大富館に居住して近在を統治したが、一族の氏神として高田明神を厚く信仰した。その後、頼貞の子孫も代々手厚く祭祀した。

天正2年(1574年)、武田勝頼による東濃侵攻の際に兵火により焼失させられた。

現在の白山神社は、貞享3年(1686年)に加賀白山比咩神社の祭神を勧請して、現在地に造営されたものである。

その後、神仏習合により別当寺の玉林山 龍泉寺が併設され、享保5年(1720年)には大鳥居も建立され、諸願成就、縁結びの神として村人の崇敬心が益々高まっていった。

明治6年(1873年)、その由緒・崇敬により、村社となった。

かつて神社の森の広さは2万坪(6万6千㎡)あったが、明治末期に三分の一を残して伐採された。現在の泉中窯町の大部分であり、一部は土岐市立泉小学校の敷地となっている。

昭和35年(1960年)に岐阜県神社庁より県神社庁支部長参向指定神社(銀幣社)に指定、次いで昭和41年(1966年)10月4日には県神社庁長参向指定神社(金幣社)の指定(金66号)を受ける[2][3]

現在の社殿は、昭和5年(1930年)に改築されたものであるが、

その後、大富区内に奉祭されていた稲荷神社、日神子神社なども境内社として合祀された。

昭和38年(1963年)には結婚式場として神泉殿が併設された。

画像集

文化財

国の天然記念物
土岐市指定文化財

交通

周辺

泉町の久尻(くじり)地区には久尻神社が、定林寺(じょうりんじ)地区には稲荷神社が鎮座する。

参考文献

外部リンク

脚注

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