白山神社 (土岐市泉中窯町)
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由緒
『美濃国神名帳』の土岐郡の項に、帳内社として従五位下の高田明神が祀られていたとされる[1]。
大富の地はその昔、高田勅使田(たかだてしでん)と言われ、朝廷直轄の地であった。
清和源氏の直系である土岐頼貞は、美濃守護の任を受け、この神社の近くの大富館に居住して近在を統治したが、一族の氏神として高田明神を厚く信仰した。その後、頼貞の子孫も代々手厚く祭祀した。
天正2年(1574年)、武田勝頼による東濃侵攻の際に兵火により焼失させられた。
現在の白山神社は、貞享3年(1686年)に加賀の白山比咩神社の祭神を勧請して、現在地に造営されたものである。
その後、神仏習合により別当寺の玉林山 龍泉寺が併設され、享保5年(1720年)には大鳥居も建立され、諸願成就、縁結びの神として村人の崇敬心が益々高まっていった。
明治6年(1873年)、その由緒・崇敬により、村社となった。
かつて神社の森の広さは2万坪(6万6千㎡)あったが、明治末期に三分の一を残して伐採された。現在の泉中窯町の大部分であり、一部は土岐市立泉小学校の敷地となっている。
昭和35年(1960年)に岐阜県神社庁より県神社庁支部長参向指定神社(銀幣社)に指定、次いで昭和41年(1966年)10月4日には県神社庁長参向指定神社(金幣社)の指定(金66号)を受ける[2][3]。
現在の社殿は、昭和5年(1930年)に改築されたものであるが、
その後、大富区内に奉祭されていた稲荷神社、日神子神社なども境内社として合祀された。
昭和38年(1963年)には結婚式場として神泉殿が併設された。