白川文造
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香川県観音寺市出身。香川県立観音寺第一高等学校、東京大学文学部西洋史学科卒業。
1962年(昭和37年)東京大学卒業後、フジテレビジョン入社。編成局に勤務し、『鉄腕アトム』 『鉄人28号』 『夜のヒットスタジオ』 『北の国から』 など数多くのヒット番組の編成・企画・プロデュースに携わる[2]。
1981年(昭和56年)10月9日、『北の国から』の第1話が放映される。初回視聴率16.4%、最終回は21.0%を獲得した。視聴者からの反響は絶大で、以後20年間で8本のスペシャルが放送される国民的ドラマとなった[3]。
1992年(平成4年)6月、取締役に選任され、1995年(平成7年)6月、鹿児島テレビ放送副社長に転じる。
1998年(平成10年)12月、ビーエスフジ社長に就任[4]。
2006年(平成18年)12月、香川県観音寺市の依頼により旧1市2町合併記念事業の一つとして、新観音寺市を全国に紹介する 『わが青春の観音寺』 のテレビ番組を制作。本市出身の直木賞作家芦原すなおの小説「青春デンデケデケデケ」の追想など、さまざまな青春物語が、ドキュメンタリー形式で描かれている[5]。
略歴
- 1962年(昭和37年)3月
東京大学文学部西洋史学科卒業
- 1962年(昭和37年)4月
フジテレビジョン入社 編成局編成部勤務、1986年(昭和61年)まで数多くのTV番組編成、企画、プロデュースを担当
- 1980年(昭和55年)6月
編成部副部長。第2の開局の編成及び企画全般を担当
- 1986年(昭和61年)6月
総合開発室長。新規事業及び、ニューメディア部門担当
- 1992年(平成4年)6月
同社 取締役
- 1993年(平成5年)6月
ネットワーク(フジテレビ系列)の担当取締役兼ねてニューメディア部門も担当
- 1995年(平成7年)6月
同社 取締役退任、鹿児島テレビ放送 副社長
- 1998年(平成10年)6月
鹿児島テレビ放送 副社長退任、同社 顧問に就任
- 1998年(平成10年)12月
ビーエスフジ 代表取締役社長
- 1999年(平成11年)6月
フジテレビジョン 取締役
- 2003年(平成15年)6月
ビーエスフジ 代表取締役会長、フジテレビジョン 取締役退任
- 2005年(平成17年)~
ビーエスフジ 取締役相談役