白戸隆盛 From Wikipedia, the free encyclopedia 白戸 隆盛(しらと たかもり、1832年(天保3年) - 1876年(明治9年)3月22日)は、日本の陸軍軍人。位階は正六位。最終階級は陸軍中佐。陸軍軍馬局初代局長であり、陸軍騎兵科の創始者の一人とされる。 駿河国出身。旧名は石介または砂。吉田種應(三十郎)の次男として生まれた[1]。安政元年(1854年)、幕臣白戸隆忠(恵三郎)の養子となり、その養女・富(蘭方医・佐藤泰然の三女)と結婚した。富は松本良順(泰然の次男)の妹にあたり、林董(五男)や林洞海の義妹でもある[1]。 安政6年(1859年)、蕃書調所句読教授出役となり、慶応3年(1867年)には騎兵頭並に転じた。江戸幕府陸軍では陸軍副総裁、のち陸軍総裁などの要職を歴任し、幕府軍制における砲兵・騎兵の整備に関わった[1]。 明治維新後は沼津勤番組之頭として旧幕臣の統率にあたり、明治3年(1870年)には新政府に出仕、陸軍中佐に任ぜられた。明治4年(1871年)には陸軍少佐となり、兵部省7等出仕に叙された。明治5年(1872年)に従六位、明治6年(1873年)に正六位に昇進。 明治7年(1874年)3月31日、軍馬局長に補せられた。軍馬局は陸軍馬政の中心機関であり、後の騎兵局の前身にあたる。白戸は近代的な軍馬調教制度を整え、日本陸軍騎兵科創設の基礎を築いた[2]。 明治9年(1876年)3月22日、死去。享年44(満43歳)。墓所は谷中霊園。 脚注 1 2 3 静岡新聞社 1991, p. 236. ↑ 東京美術 1971, p. 63. 参考文献 『明治過去帳: 物故人名辞典 新訂版』東京美術、1971年、63頁。 『沼津兵学校』沼津市明治資料館、1986年、24頁。 『静岡県歴史人物辞典』静岡新聞社、1991年、236頁。 軍職 先代長屋重名陸軍調馬厩長 陸軍軍馬局長1874年 - 1875年陸軍調馬厩長1874年 次代黒川通軌 Related Articles