長屋重名
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国沢才助の三男で長屋助五郎の養子となり、城西中須賀(現高知市)に住した[1]。文久元年3月4日(1861年4月13日)夜、井口事件にあたって名を認められた[1]。戊辰戦争では、1868年(慶応4年)折衛隊第七小隊司令として北越戦争に参戦し、各地を転戦して功をあげる[1]。1871年(明治4年)御親兵に編入[1]、上京し小隊司令に。まもなく陸軍大尉に任官。
1874年(明治7年)9月、名古屋鎮台参謀長に就任し、兼名古屋衛戍司令官、仙台鎮台参謀長を歴任[2]。1879年(明治12年)3月、歩兵大佐に昇進[2]。1881年(明治14年)1月に休職し、1883年(明治16年)6月、予備役編入となった[2]。