白石町 (宮城県)
日本の宮城県刈田郡にあった町
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地理
- 河川:白石川、斎川
歴史
交通
100円貯金
1926年(大正15年)5月、時の町長・菅野円蔵(かんの えんぞう[1])は、町に寄付した100円を郵便貯金し[1][2][3][4]、当時の利率で203年運用することで約212万円に達すると計算し[2]、その利息で財政を賄う[2]、すなわち町民の税負担をなくす[3]という壮大な計画を実行した[2][3][4]。当時の大学卒・総合職の国家公務員の初任給は70円[4]、郵便貯金の利率は5.04%で[1][3][4]、203年後には当時の町の財政規模に相当する106,000円の利息が付くという算段であった[4]。
菅野の2代後の鈴木俊一郎町長は、「二百三年貯金之伴」と題した[4]、この貯金の目的・意義を[2]巻物[4](趣意書[2])に書き記した[4]。そこには「いかなる事情があろうとも、203年間は払い戻しや処分をしてはならない」と記されている[1][4]。1954年(昭和29年)に白石町が市町村合併によって白石市になって以降も継承され[4]、趣意書には歴代の白石市長が署名[2][4]・押印してきた[4]。また、白石城の近くの神社には、100円貯金を伝える「据置郵便貯金碑」が建っている[1]。
2026年(令和8年)、白石市は貯金から100年が経過したことから趣意書の一般公開を検討し[3]、4月30日に報道陣らに向けて公開し[4]、7月4日から8月30日まで白石城歴史探訪ミュージアムで、趣意書の一般公開を行った[2]。残念ながら、貨幣価値や利率の変動により、2026年時点で貯金残高は3,562円と、計画の実現には程遠い[4]。なお、貯金通帳は2つに分かれており、1,000円以上は利率の高い定額貯金で運用している[1]。