白石聡
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大分県立中津工業高等学校出身。高校2年時に、全国高等学校サッカー選手権大会に大分県代表として出場している。
1984年高校卒業後、マツダに入社。JSLのマツダSC(現サンフレッチェ広島)に入団する。今西和男監督からの勧誘と、前年にマツダに入団した当時の九州高校サッカー界のスター選手だった元島原商高の小林伸二への憧れから入団を決断した。同期に松田浩・望月一頼・織田秀和ら。1年後の1985年から2軍である中国サッカーリーグのマツダSC東洋に転籍し長く同チームに在籍、4度の中国リーグ優勝に貢献する。
1993年、Jリーグが始まるとサンフレッチェ広島の今西総監督からオファーを受け、現役を引退し広島のチームスタッフに就任した。1994年にチェアマン杯破損事件、1995年にユニフォーム忘れ事件が起こったが、このときにチームマネージャーとして現場で対応したのが白石である。その後もクラブ運営や広報に携わり、2010年現在事業本部運営部課長職。