黎桓は敗北の後、兵を集め北宋軍の疲弊をひたすら待った。侯仁宝将軍が油断したため、黎桓は嘘の降伏文書を送り届けて騙すことに成功、侯仁宝はこれを真の降伏文書と考えて軍備と警戒を怠り始めた。軍の警戒が弛んだところを見計らい、黎桓は夜陰に乗じて兵を大挙動かし侯仁宝の軍営を襲い、侯仁宝は戦死した。この後、戦線は膠着した。北宋軍に折しも熱病がはやり、多くの兵卒が死んだため、転運使の許仲宣が撤退を進言し、孫全興はこの進言を受けて撤退し、戦争が終結した[2][3]。
後、黎桓はただちに北宋に使者を遣わし、捕虜を返還するなどの外交努力をもって関係を正常化した。