百木三郎
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窯業家河原徳立の三男として東京深川に生まれる。順天求合社(現順天高等学校)を経て、1899年東京高等工業学校(現東京工業大学)窯業科卒業後、農商務省海外窯業練習生としてアメリカ合衆国に留学し、1903年コーネル大学大学院修了。父の親友だった大倉孫兵衛に雇われ、1904年の日本陶器設立時に同社入社[1][2]。
日本陶器では解任された飛鳥井孝太郎の後任として技師長となり[3][4][5]、同窓の西山貞を招聘するなどして衛生陶器の開発にあたり[1][6]、"sanitary ware"の訳語として「衛生陶器」の語を考案するなどもした[7]。1925年東洋陶器取締役。1929年東洋陶器常務取締役。1939年東洋陶器取締役社長[8]。