百田郁夫
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役職
関西学院大学法学部卒業。新卒で山一証券に入社するが2年で退社[1]。その後は塾講師、ツクダグループの玩具問屋ツクダ、同グループのツクダオリジナル、ログハウスの輸入を行う会社に在籍[1]。モノポリーを通じて知り合った糸井重里に誘われてエイプに入社[1]。トミー (企業)より発売されたモノポリーのビデオゲームの監修を行う[1]。
1991年に有限会社リズミックスを設立[2]し、『バーガーバーガー』のプロデューサーなどを担当した[1]。
モノポリーでは、1988年の第8回モノポリー世界選手権(ロンドン)で日本人初の世界チャンピオンになり、1992年の第9回では準優勝になった[3]。(二人目は2000年度大会優勝の岡田豊・日本モノポリー協会専務理事)。ルービックキューブではルービックキューブ東京大会2006の2x2x2部門で3位になった。
- 日本モノポリー協会の副会長(会長糸井重里)[4]。
- 日本ルービックキューブ協会の事務局長[5]。
スピードキューブの成績
| 略語凡例 | |||
|---|---|---|---|
| 種目 | 記録 | ||
| 222~777=2×2×2~7×7×7
ピラ=ピラミンクス メガ=メガミンクス S1(Square One)=スクエア1 Sk(Skewb)=スキューブ RC(Rubik's Clock) =ルービッククロック
|
片手=3×3×3片手
3目~5目=3×3×3~5×5×5目隠し 複目=3×3×3複数目隠し 手数=3×3×3最少手数 足=3×3×3足 RM(Rubik's Magic) =ルービックマジック MM(Rubik's Magic Master) =ルービックマジックマスター |
予=予選
1R(1 Round)=一回戦 2R(2 Round)=二回戦 3R(3 Round)=三回戦 準=準決勝 決=決勝 DNS(Did Sot Start)=棄権 DNF(Did Not Finish)=試技未完
|
WR :世界記録
AsR :アジア記録 AfR :アフリカ記録 OcR :オセアニア記録 ER :ヨーロッパ記録 NAR :北アメリカ記録 SAR :南アメリカ記録 NR :国内記録 (括弧内)は当時の旧記録 |
| 種目 | 記録 | 年月日 | 開催国・大会名 | 回 | 最終
順位 |
出典・旧記録・備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 333 | 単発 | 29.66 | 2007年3月31日 | 大阪ルービックキューブ競技会2007 | 1R | 1R | [6] |
| 平均 | 34.51 | 2007年3月31日 | 大阪ルービックキューブ競技会2007 | 1R | 1R | ||
| 222 | 単発 | 5.93 | 2006年7月30日 | 東京大会2006 | 決 | 3 | [7] |
| 平均 | 9.41 | 2006年7月30日 | 東京大会2006 | 決 | 3 | ||
著作
- 『世界チャンピオンが教えるモノポリー―ゲーム入門から高等戦術まで』ネスコ、1990年。ISBN 978-4890368112。
- 『ルービックキューブ完全攻略公式ガイドブック 保存版』永岡書店、2007年。ISBN 978-4522485507。
ゲーム製作
- スーパーファミコン『ザ・モノポリーゲーム2』(監修)
- プレイステーション『バーガーバーガー』(プロデューサー、プランナー)
- プレイステーション『ミスタープロスペクター ほりあてくん』(ゲームデザイン、プロデュース)
- ゲームボーイカラー『オセロミレニアム』(プロデューサー)
- ゲームボーイカラー『DXモノポリーGB』(監修)
- プレイステーション『高2→将軍』(シナリオ、ゲームデザイン、クイズ作成、企画・製作)
- プレイステーション『DXモノポリー』(監修)
- カードゲーム『ミッキー&フレンズ 5リンクス』(ゲームデザイン)
- カードゲーム『エドカ』(大山功一との共同考案)
- カードゲーム『頭王 BRAIN BATTLE』(クイズ問題監修)
