皆地笠
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熊野古道で知られる奥熊野の田辺市本宮町皆地(みなち)地区で、平安時代の末ごろ、修験者によって伝えられたとされる編み笠である。その後、熊野に隠れ住んでいた平家の落人によって作り伝えられたという[2]。
鉋で削り出した扁平で細長いヒノキ材(=ヒヨ)を高い技術の手作業で網代編みし、黒くした竹の補強材を3本通して円錐形の笠に仕上げる。竹製の笠より軽く、ヒノキの油分が撥水効果を持つため、雨天の山路における雨具、または日除けとして熊野詣でに来た参詣者たちから重宝されたと言われる[3][4]。公家・皇族から庶民まで身分を問わず重宝したことから貴賤笠(きせんぼ/きせんがさ)とも呼ばれたという[5][6]。
昭和時代・平成時代以降は製作出来る職人が減り、皆地地区の芝 安男(しば やすお)が唯一の技術保持者となっていたが[5][7]、芝が2025年(令和7年)に死去したため、本宮町土河屋(つちごや)地区にいた弟子が技術を継承し、製作が継続されることになった[8]。