歴史上、最初に皇貴妃に封じられたのは、明の景泰帝の寵妃唐氏である。しかし、景泰帝が、兄の英宗に皇位を奪還されると、唐氏も皇貴妃の位から降格された。また、成化帝の寵妃で、悪女として知られる万貞児も皇貴妃に封じられた。
清朝初期において皇貴妃の位は存在しなかったが、順治帝が寵妃の董鄂氏を皇貴妃に封じて以来、清朝においても、皇貴妃の位に封じられる妃嬪はあらわれはじめたが、定員は一人で、基本的には、側室から皇后に昇格する時。皇后の候補者に一時的に与えられたり、皇帝から特に寵愛を受けた妃嬪が死の直前や死後に封じられることが多かった[1]。