隆慶帝
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生涯

嘉靖帝の三男として生まれ、嘉靖18年(1539年)に3歳で裕王に封じられている。嘉靖帝の晩年、明朝は内政の乱れの他に、「北虜南倭」と称される倭寇とモンゴル系タタールによる侵攻にさらされていた。即位した隆慶帝は嘉靖期の弊政を改革すべく、嘉靖帝への諫言により罪を得ていた徐階・海瑞などの人材を登用し、それまで朝廷で権勢をふるっていた道士を一掃した。また疲弊する国庫を建て直すため、海外貿易を開放し、倭寇とタタールに対してある程度の貿易を認める柔軟策で、対外的にも安定した時代を現出した[1]。
しかし、隆慶帝自身は凡庸な皇帝であり朝政を省みず、その政務は大学士に代行されていた。また、酒色に溺れ享楽を求めた生活のため、在位5年5ヶ月、36歳で崩御した。
宗室
后妃
男子
女子
- 蓬萊公主 - 母は孝懿荘皇后。夭折。
- 太和公主 - 夭折。
- 寿陽公主 朱堯娥 - 母は孝定皇后。侯拱辰に降嫁した。
- 永寧公主 朱堯媖 - 母は孝定皇后。梁邦瑞に降嫁したが、2カ月後に死別した。
- 瑞安公主 朱堯媛 - 母は孝定皇后。万煒に降嫁した。
- 延慶公主 朱堯姫 - 王昺に降嫁した。
- 棲霞公主 朱堯㜢 - 母は淑妃秦氏。夭折。
登場作品
- テレビドラマ
- 『大明王朝 〜嘉靖帝と海瑞〜』(中国、2006年)演:郭広平
- 「万暦首輔張居正」(中国、2010年、日本未公開)演:巫剛