258年、拓跋部の拓跋力微が定襄郡盛楽県に移住した。295年、拓跋禄官が拓跋部を3分すると、拓跋猗盧は定襄郡の盛楽故城に居住した。309年、拓跋猗盧が盛楽に城壁を築いて、北都とした。337年、拓跋翳槐が盛楽故城の東南10里の地に新たに盛楽城を築いた。338年、拓跋什翼犍が繁畤城以北の地で代王に即位した。340年、拓跋什翼犍は雲中郡の盛楽宮に遷都した。341年、盛楽故城の南8里の地に盛楽城を築いた[2]。386年、北魏の道武帝が盛楽で即位した。398年、平城に遷都した[3]。
唐代には単于都護府が設置され、遼・金代には振武県が置かれた。