単于都護府 From Wikipedia, the free encyclopedia 単于都護府(ぜんうとごふ)は、中国・唐代の六都護府の一つ。燕然都護府の漠北移設に伴い、漠南の東突厥統禦の為に帰化城(フフホト市)付近に置かれた雲中都護府が翌年(664年)に改称されたもの。 630年(貞観四年)、雲中都督府を設置[1]。 663年(龍朔三年)、雲中都護府を設置[2]。 664年(麟徳元年)、単于大都護府に改称[3]。 行政区分 雲中都督府・・・貞観四年、析頡利右部に設置[4]。 舍利州・・・舍利吐利部に設置[5]。 阿史那州・・・阿史那部に設置[6]。 綽州・・・綽部に設置[7]。 思壁州 白登州・・・貞観末に燕然都護府だったが、のちに単于都護府に属す[8]。 桑乾都督府・・・龍朔三年、定襄に設置[9]。 郁射州・・・郁射施部に設置[10]。 藝失州・・・多地藝失部に設置[11]。 卑失州・・・卑失部に設置[12]。 叱略州 呼延都督府 賀魯州・・・旧阿史那賀魯の部落。最初は雲中都督府に属していたが、のちに単于都護府に属す[13]。 葛邏州・・・歌邏禄部と挹怛部を合わせて設置[14]。 𨁂跌州・・・𨁂跌部に設置。最初は都督府で北庭都護府に属していたが、のちに単于都護府に属す[15]。 参考資料 『旧唐書』 『新唐書』 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『旧唐書』志第十九地理二 ↑ 『旧唐書』志第十九地理二 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 ↑ 『新唐書』志第三十三下地理七下 関連項目 安西大都護府 安東都護府 安南都護府 北庭大都護府 鎮北大都護府 都護府 燕然都護府 藩鎮 表話編歴都護府 安西大都護府 / 安北大都護府 / 単于都護府 / 安東都護府 / 安南都護府 / 北庭大都護府 この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。このテンプレートは分野別のサブスタブテンプレートやスタブテンプレート(Wikipedia:分野別のスタブテンプレート参照)に変更することが望まれています。表示編集 Related Articles