盧綸

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盧 綸(ろ りん、天宝7年(748年) - 貞元16年(800年)?[1])は、中国詩人は允言(いんげん)。蒲州河東県(現在の山西省運城市永済市)の人。本貫范陽郡涿県。孫は盧嗣業盧弼(盧汝弼)。大暦十才子中国語版の一人に数えられる。

略歴

安禄山の乱を避けて鄱陽に移住し、大暦初年(767年頃)には都へ出て科挙を受験したが、何度も落第した。しかし宰相の元載に才能を認められて、閿郷県尉から検校戸部郎中・監察御史となり、病気のため辞職して家へ帰った。その後、河中府を治めていた渾瑊中国語版に招かれて幕下に入り、さらに徳宗から都へ召されたが、出発する前に死んだ。

『盧戸部詩集』10巻が残っている。

出典

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