昭和39年(1964年)頃、建徳寺より松野町に山形模型が保存されていることが報告された。これは、寛文5年(1665年)、吉田藩領と宇和島藩領の境界争いの裁定のために製作されたもので、当時の町見師(測量師)と大工によって作られた、模型はその下に敷く敷絵図とともに伝来し、縦190.0cm×横262.1cm、高さ21cm。6つに分割が可能である。縮尺は約5900分の1。
以下の物件が一括で重要文化財に指定されている[1]。
- 目黒山形資料
- 目黒山形並敷絵図 1基、1鋪
- 裁許絵図 1鋪
- 文書・記録類 207点